【悪い食べ物】悪い食べ合わせ、薬品と食事の相性、危険な添加物  

食べ方に注意が必要な食物

食品は、毎日食べなければいけない最も身近なものでありながら、現実は「最も遠いもの」になっている感があります。

それは、正確な情報が共有されていないのが原因です。 「よくわからない」から、まったく無関心になるか、極端に偏った主張に取り込まれてしまう。

食に対する関心がゼロになってしまえば、毒虫、獣、アレルギーを誘発させるなどの有害植物が密集するジャングルを、肌着一枚で歩いているのと同じ状態になりますし、絶対に危険とか、絶対に安全とかいう、「絶対」に頭を占領されると、それはもうカルト信者に近しい状態と言えるでしょう。



そうなる大きな原因は、食品産業が情報を「わかりやすく」公開しないからです。
製造そのものが複雑になる一方なので、分かりやすい説明は困難だし、商品情報表示を正確かつ簡素にしようとしても、ありとあらゆる利害調整の結果、簡素どころか素人にはまったく意味の分からない表示になってしまう。

でもね、食品というのは「化学工業製品」なんでしょうか?
なんでそれほどまでに、「わからなくしてしまう」のか。
なぜ、説明困難な程複雑なつくり方をしているのか。
食べ物を大量生産品として扱うことに歪みはまったくないのか。

そのへんの「なぜ?」という気持ちをお持ちの方が、このページを「入門用」として参考にして下さいましたら幸いです。

要注意の食品添加物と食べ物

要注意の食品添加物

食品添加物の基礎知識
ポストハーベスト
イマザリル
TBZ / チアベンダゾール
OPP / オルトフェニルフェノール
DP / ジフェニル
着色料
酸化チタン
タール色素
青色1号(ブリリアントブルー FCF)
青色2号(インジゴカルミン)
緑色3号(ファストグリーン FCF)
黄色4号(タートラジン)
黄色5号(サンセットイエロー)
赤色2号(アマランス)
赤色3号(エリスロシン)
赤色40号(アルラレッドAC)
赤色102号(ニューコクシン)
赤色104号(フロキシン)
赤色105号(ローズベンガル)
赤色106号(アシッドレッド)
保存料
ソルビン酸
ソルビン酸カリウム
安息香酸
安息香酸ナトリウム
パラベン
発色剤
亜硝酸ナトリウム
発ガン性物質ができる組み合わせ
漂白剤
亜硫酸ナトリウム
亜塩素酸ナトリウム
過酸化水素
酸化防止剤
BHA(ブチルヒドロキシアニソール)
BHT(ジブチルヒドロキシトルエン)
エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム
製造用剤
臭素酸カリウム
リン酸塩

要注意食品一覧

気をつけたい成分
トランス脂肪酸AGEs
食品
市販の弁当
市販のおにぎり
調理済みパスタ
カット野菜サラダ
食パン・サンドイッチ
ハンバーガー・菓子パン
おつまみ
インスタントラーメン
ハム・ベーコン・ソーセージ
梅干し・たくあん
お菓子類
ドリンク類

悪い食べ合わせ

食品添加物をどう受け止めるべきか

食品添加物には、植物や細菌などから抽出した既存添加物(天然添加物)と、化学合成した指定添加物(合成添加物)があり、これに植物などから抽出する「天然香料」と、通常食べたり飲んだりする食品飲料を添加物のように使用する「一般飲食物添加物」があります。
食品添加物の概要と表示
(2015年現在、指定添加物443品目、既存添加物365品目が厚労省のリストに収載されています。天然香料と一般飲食物添加物を加えると合計はおよそ1500品目)
※この数はアメリカや欧州より遥かに多く、日本は「添加物大国」と言えます。
※このすべてをここで紹介する事はできませんので、気になる添加物のほんの一部だけをピックアップしております。

存在そのものがグレーゾーンの食品添加物

添加物の最も厄介な点は、「良い」「悪い」がはっきりしないことです。

「無添加・無農薬」が良いという風潮になっていて、「自然に近いほど良いのだ」と思い込みがちですが、それは不衛生と危険のリスクを忘れた考えでもあります。農薬が農業生産性を高め、添加物が食中毒を減らしているのは、まぎれもない事実なのです。
「無添加が良い」は誤った考え方ですね。むしろ危険です。

しかし、農薬や添加物の多くが「猛毒」であることも事実。 そのほとんど全てに「致死量」があって、それをオーバーすれば体内の組織を破壊し、死に至らせるものばかり。

使い方を誤れば非常に危険。実はこのような物質は身の回りに沢山あります。法によって厳しく制限されつつもたくさん使われているのは、要するに「便利で役立つ」からです。

このようなものには2つの大きなルールが必要。

・厳格な規制や基準、それに違反した場合の重い罰則
・使用者のモラリティ

日本の食品規制・食事情は、この両方に「穴」があり、そのことに対する疑念が拭い切れないのです。
つまり、「物質」の問題ではなく「扱われ方」、もっといえば「人(信頼)の問題」ということになります。

疑わしきは"無視"の食品行政

1955年に起きた『森永ヒ素ミルク中毒事件』によって食品衛生法が変わったのは事件から2年後。これはようするに事件発生に関して法律がなんの役にも立っていなかったという事実が、誰の目にも明らかになったということです。

こうした事件を防ぐ役にはたってなかったのですね。
そして、「そんな事件は想定外だったから」で終わりです。

この事件を皮切りに、国内企業の偽装表示や中国の食品に検査が及ばず、事実上野放し状態である『今現在』に至るまで、基本的な構造はまったく同じです。

歴史を振り返りますと、食べ物を所管している厚労省は(他の省庁も同じですが)、具体的な被害者が出てこないと動かないことがはっきりしています。

「きちんと使用基準を守っていれば安全だ」
「国民も企業もきちんと道徳を守っているはず」
いわば性善説に拠るわけですけども、お役所としてこれはある程度はやむを得ないことでしょう。犯罪を疑うようなスタンスは警察と検察くらいのもので、それ以外の役所は市民を信じるのが当然なのですから。

問題は、企業に性善説が通用しないことです。
「利益か安全か」と問われた場合、表向きは必ず安心安全を主張しますが、そのことが逆に安全を重視していない証明のようになっています。利益を優先させている企業にかぎって、安心安全を言いたがるからですね。

考えてみてください。
本当に安全であれば、何でわざわざ安心安全を強調する必要があるんです? 疑われるようなことをまったくしていなければ、そんなこと言う必要はありません。
疑われていると認識している、そして疑われるようなことをしてきた(している)からこそ、大声で安心安全というしかないんです。

「被害が出るまでは何もしない」のが、行政と企業の基本姿勢であれば、それは「我々のカラダを使って人体実験をしている」のと同じだと言えましょう。

「豆腐とか添加物がなければ作れない。添加物前提の食べ物はたくさんある」、それはそうですが、だから他の添加物がすべて安全なのだということにはならんでしょう。
そもそも厚労省が認可している添加物は「その一種について」であって、実際にはその一種だけ使用している食品など数えるほどしかなく、大半は二種以上の添加物を使用しています。

そうした複合使用によってどうなるのかは、「誰も分からない」のです。分かっているのは「すぐに死なないこと」だけといってよいでしょう。しかし、企業にとってはそれだけで充分なのです。悪評と裁判の敗訴、それ以外は問題にしていないからです。問題はいかに売れるかであって、安全性の優先度はその後。疑念があっても売れそうなら疑念をブラックボックスに入れて見えなくする。「被害者が出るまでは害がない」です。

最初に、「添加物が人間の食生活に貢献しているのは事実で、なんでも無添加が良いと考えるのは危険」だと書きました。加えて、添加物が非常に便利であると。

しかし、その便利さは誰の為の便利さなのか。 消費者のための便利さか、販売者にとっての便利さか。 そこをよく考えてみるべきでしょう。

食べ物はもともと腐るのが自然なのです。
それを少しでも長く引き伸ばすために冷蔵・冷凍などの技術が進んだわけですが、添加物は「食品の性質を変える」ことで腐敗を防止し保存性を高めています。
このことをどう受け止めるか、それは人によって違いが出てくるでしょう。しかし、否定する人も、肯定する人も、「結局自分の身は自分で守るしかない」という点で同じではないでしょうか。
そして、添加物を使用する側の立場になった人には「決して邪悪になるな」と言いたいですね。目先の利益に負けて良心を失い邪悪になれば、いつの日か必ずそれが自分にはね返ってきます。

安全か危険かの議論以前に、【多少なりとも危険性が指摘されている物質を、なぜ食べ物に加えないといけないのか】という根源的な課題に目を向ける方が、一人でも増えることを願うばかりです。

添加物を使わなければ低品質を隠せない"材料"、添加物を使わないと製造できない"商品"、「素肌美人は化粧をする必要がない」つまりはそういう事なのですよ。

食品添加物の本当の問題点

食品添加物の本質的な問題点は、個々の添加物が有毒か無毒かということではありません。

添加物食品を摂ることの最も重要な問題は、カラダの防衛本能(有毒なもの、過剰な量、を受けつけない自然な拒否反応)が破壊されていることへの懸念です。


※ヒトを含む全ての動植物は危険な物質を受けつけない本能があります。「自然界に存在しない、ゆえに体(遺伝子)が知らない、化学物質を、だましだまし摂取している」ことで、ヒトはこの本能(防衛機構)そのものを壊しつつあるのではないかということです。未知であるから、危険を看過している・関門をすり抜けている可能性と、危険を感じても識別する情報が無いことでストレスを負っている可能性など(ストレスはアレルギーなどで顕在化するか、潜在化して内部器官を疲弊させる)※

日常的に加工食品を食べることで、味覚的な忌避や消化限界などの反応・感受性が失われていき、歯止めがきかなくなり、結果的に糖分、塩分、脂肪などの量が過剰になること、総体的に食べすぎが抑制できなくなること、これが本当の問題点なのです。

※複数の添加物を混合している食品は、習慣性(はっきり言えば中毒性)・依存度を強めるような工夫がされています。子供の頃から食べつけていると、自動的に濃い味の食品しか受けつけられなくなるでしょう。舌が濃厚さを求めエスカレートするからです

いくら減塩等を気にして自宅で料理を作ろうが、添加物だらけの加工食品を数点加えれば「脂肪・砂糖・塩」を減らすことはできないのです。
その結果、脂肪が蓄積し、血糖値が正常を逸脱し、血流が滞るなどのメタボリック・シンドロームを招いてしまう。


※例えば、学校給食と病院食は美味しくないという人が大多数だと思いますが、あれは専門の教育を受けた栄養士さんが、ちゃんと栄養バランスを考え、添加物などもできるだけ減らす配慮をして作るものです。
それをマズイとしか感じないのは、いかに我々の舌がドギツイ化学調味料や添加物類によってマヒしているかの証明です。
(無添加でも美味しい料理はできますが、これは大量生産と個々人に作る料理の差でもあり、料理論の分野になってしまうので、ここでは省略いたします)

現代人が年間に摂取している添加物は、比較的安全な天然(天然添加物がすべて安全とはいえませんが)由来のものを除外しても、約1キログラム。このうち90%がうまく排出されたとしても、残りの10%が「体内で何をしているのか」を言える学者は、世界中探しても1人もいないでしょう。

こうした食生活が日常になって数十年、我々のカラダは数十万年かけて構築した体内恒常性(ホメオスタシス)が変異しつつあるのかも知れません。これが「進化の過程」か、それとも何か想像を越えた現象なのか、それが分かるのはずっと未来のことだと思います。

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