先日しばらくぶりに幼馴染たちが集う店へ顔を出しました。
暖簾を払い、店内を一瞥すれば、たちまち目に飛び込む「オヤジの塊」
「女将、この店空気入れ替えたほうがいいんじゃない?変な連中全部追い出してからさ。なにやらジジイ臭くてかなわねぇや。むせかえってめまいがしてくるよ、おいらは」
ガキの時分は泣き虫だったくせして、今は偉そうに(?)ハゲ頭になってる勤め人が早速、「なんだよ、おめえは、え、こら。全然顔も出さないで、その口のききかたぁ。手前だきゃ若いつもりかい。ジジイって誰のことだよ。このやろうが」
「あ~、ウッセ。女将の華がなきゃ『地獄』だね、ここは 笑」
「それよりお前に聞きたい事があんだよ。お前ずっと電車の仕事してたしさ。こないだラジオか何かでね、電車の中で化粧をする女性について考える、みたいな話をしてたのよ、びっくりしたね、だって電車の中で化粧って、そんなの見たこともない。本当にいるのか、そんな女?」
「あのね、おまえはいったい誰だよ。信じられねぇ奴」
「なんで?」
「なんでって、電車に乗れよ、たまにはよー、おまえ」
「そんな女はいくらでもいるの!」
「だって電車ってこんでるし男だっていんだろ?周囲に」
「こんでたって、男がいたってするの!まったく無関係に」
「それどういう精神構造なの?」
「知るかよ!」
そこで女将に向かって、
「本当なの?」
「まさか女将もするってんじゃ・・・」
「私はしません(笑) でも若い子は平気でやる人が多いよ」
う~む、とショックのあまり悄然として立ちつくしておりましたらば、
「あんた達はどこまで本気で話してんだか 笑
そんな話より、魚ちゃんを板前さんと見込んで聞きたいことがあるの」
「いや、おいらはもう引退させられた。仕方ないからいったんモンゴルへ帰るつもり。だから現役ではないが、聞きたい事ってなんだい?女将。例の事件に関しては答えられないが」
「馬鹿(笑)
知り合いが山菜を送ってきてくれたの。
山菜の一番美味しい食べかた教えてよ」
「板前以上の腕を持つ女将に教えることなんぞねぇよ 笑」
「三杯酢、おひたし、和え物、揚げ物、店で出すのなら一通り作れるんだけどねぇ。私山菜大好きだから自分で食べようかなと思って」
「それなら〈すっぴん炊きご飯〉がいいかな」
「まだ言ってるよ、この人は。怒るわよ」
「いや、女将、無理に化粧話を引っ張ろうってんじゃないよ(~_~;」
「それは誤解。本当のことだからこれ」
「山菜ってのは、ワラビやゼンマイなどを除けば、比較的〈アク〉がない。だいたいは新芽を食べるものだから当然ちゃ当然なんだが」
「人気のあるコゴミ(屈)とかタラの芽なんかは、そういうふうに改良栽培されつつもあり、さらに食べやすくなってるね」
「ところで山菜の魅力は新緑そのままの芳香にあるけど、それと抜群の相性なのは〈おまんま〉だ。本物の銀しゃりだよ。」
「え、じゃぁ筍のような炊き込みご飯とか?」
「いや炊きこんじゃいけねぇ。米に緑が負けるからね」
「まず米を厳選しなきゃいけないが、これはまぁ値段で判別できる。洗う前に〈割れ米〉がないかチエックしてあれば取り除く」
「洗ってザルにあげる」
「容器に入れ米の1・1倍の水を張り、浸けておく」
「水が水道水なら前の日に沸かして一晩寝かせた水を使う」
「上等の昆布を一辺入れておく」
「次に山菜に火を通す。【無水鍋】を使う」
「無水鍋?圧力鍋じゃ駄目なの?」
「駄目だ。圧力鍋は温度が高くなり過ぎる」
「圧力は便利な面もあるが、調整が難しくデリケートな調理には向かない」
「無水鍋は野菜好き、いやさ料理する人間すべての必需品だ。もし持ってないんなら買っておくように」
「なんでかって、野菜や食材の栄養を残らず食べるにゃこれしかないからだよ」

無水鍋
「山菜は軽く水洗いし、口に入るサイズにする。これは均等に火が入るようにするためでもある」
「洗った山菜の〈水を完全に切らず〉鍋に入れて加熱する」
「菜に残った水分だけで火を通すためだ」
「フタをして中火で加熱し、蒸気がでたら火を止める」
「アクがある山菜はここでフタをあけて水にさらす必要があるので、この料理にはアクがない新芽系の山菜を使わなきゃいけない」
「これで出来上がりだが、今回は米を炊くからしっかりしたフタがある別鍋に〈蒸気〉ごと移す。無水鍋が二つあればその必要はないが」
「次にいったん洗った無水鍋で今度は米を炊く」
「今回の主役は山菜と飯なんで、もったいないがここで昆布を取る」
「ここで味付け。塩をひとつまみ。塩は沖縄あたりのやつでいい。酒を猪口一杯。酒は米の産地の地酒がいい。新潟米なら新潟の酒だ」
「フタして強火、沸いた瞬間にフタを僅かにずらし、醤油を切る。一滴だけでいい。名古屋の白醤油か関西の薄口醤油」
「この料理の味付けはこれだけ。他にはなにも調味しない」
「すぐにフタを密閉し、弱火にして10分強で火を止める」
「そんまま10分弱蒸らせば、モチモチピカピカの銀しゃりの完成」
「炊きあがった飯を〈飯台〉に移し、きっちりフタをして蒸気ごと閉じ込めてある山菜を飯に散す。そいで宮島(しゃもじ)で縦に切るようにしながら混ぜる」
「飯台はそこらに売ってる寿司用の千円くらいの小さい奴で充分。木肌が飯の余計な水分を吸い、飯がほっこりになる」

飯台
「これを盛る器だが、フタがあるものじゃなきゃいけない」
「料理は器の演出と効果で味を増す。なので小さな釜飯用の釜に盛る」

かまど形釜飯
「熱々のうちにこの小釜に盛ってフタをして食卓に出す」
「昆布の〈水引き出汁〉に、〈少量の塩と酒〉、醤油はなくてもいい。つまり〈化粧は〉限りなくゼロに近い。どうだい〈スッピン〉だろ」
「単純なやり方だ、女将だったら楽勝ってもんだ。やってみたら」
「う~ん、美味しいそうだけど、なんかねぇ。こんど魚ちゃんの店に行くから作ってちょうだいな」
「なんだよ、そりゃ」