無水鍋と山菜ごはん  

山菜すっぴん炊きご飯

山菜と干し魚には共通点があります。
日本人の遺伝子に郷愁として刷り込まれている。

日本列島は山が海へ迫出した「山と海の国」。ようするに海辺か山で人は生きるしかなく、潮の匂いと山林香の中でずっと暮らしてきた。

「芽吹き」は、楽ではない山野の暮らしで、重苦しい冬が去り、陽気な活動開始の合図でもあります。いわば喜びの「しるし」なのですよ「新緑の匂い」は。

その「新緑」をいまだに味わえるのが「山菜」なのです。

国民の大多数が街に集中し、もはや数世代に亘って「新緑」とは無縁。これが進行すればそのうち潮や若草の香りさえも「悪臭」に感じる日本人が出現してくるのでしょうかねぇ。

仮に農村漁村へ都会の人間が移住したところで、オマンマを食べていける仕組みってもんがありませんわな、この社会のありさまじゃ。

「森林浴」もけっこうですが、もうヤマへの接し方など知る都会人はいない。それに都会人がやたらと「山菜狩り」などに行くべきではないと思う。段取りが分からず山をメチャクチャにするだけでしょう。自然ってのはセメントの街と違って甘くないんです。

ようするに街の人間は都会に「縫い付けられている」も同然。檻からは出られないって事です。街で生きる以外の選択肢はありません。

科学文明ってのは「後戻り」できん様子ですんで、末は東京ドームみたいなので日本全部を被い、「ジャパン・シティ」とでも呼び、そのドームの中で全国民が「都会人」として生きるのかな。あ~おぞましいこって。って、おいらはとうに死んでるか(笑)



山菜ごはん

先日しばらくぶりに幼馴染たちが集う店へ顔を出しました。

暖簾を払い、店内を一瞥すれば、たちまち目に飛び込む「オヤジの塊」

「女将、この店空気入れ替えたほうがいいんじゃない?変な連中全部追い出してからさ。なにやらジジイ臭くてかなわねぇや。むせかえってめまいがしてくるよ、おいらは」

ガキの時分は泣き虫だったくせして、今は偉そうに(?)ハゲ頭になってる勤め人が早速、「なんだよ、おめえは、え、こら。全然顔も出さないで、その口のききかたぁ。手前だきゃ若いつもりかい。ジジイって誰のことだよ。このやろうが」

「あ~、ウッセ。女将の華がなきゃ『地獄』だね、ここは 笑」
「それよりお前に聞きたい事があんだよ。お前ずっと電車の仕事してたしさ。こないだラジオか何かでね、電車の中で化粧をする女性について考える、みたいな話をしてたのよ、びっくりしたね、だって電車の中で化粧って、そんなの見たこともない。本当にいるのか、そんな女?」

「あのね、おまえはいったい誰だよ。信じられねぇ奴」

「なんで?」

「なんでって、電車に乗れよ、たまにはよー、おまえ」
「そんな女はいくらでもいるの!」

「だって電車ってこんでるし男だっていんだろ?周囲に」

「こんでたって、男がいたってするの!まったく無関係に」

「それどういう精神構造なの?」

「知るかよ!」

そこで女将に向かって、
「本当なの?」
「まさか女将もするってんじゃ・・・」

「私はしません(笑) でも若い子は平気でやる人が多いよ」

う~む、とショックのあまり悄然として立ちつくしておりましたらば、

「あんた達はどこまで本気で話してんだか 笑
そんな話より、魚ちゃんを板前さんと見込んで聞きたいことがあるの」

「いや、おいらはもう引退させられた。仕方ないからいったんモンゴルへ帰るつもり。だから現役ではないが、聞きたい事ってなんだい?女将。例の事件に関しては答えられないが」

「馬鹿(笑)  
知り合いが山菜を送ってきてくれたの。
山菜の一番美味しい食べかた教えてよ」

「板前以上の腕を持つ女将に教えることなんぞねぇよ 笑」

「三杯酢、おひたし、和え物、揚げ物、店で出すのなら一通り作れるんだけどねぇ。私山菜大好きだから自分で食べようかなと思って」

「それなら〈すっぴん炊きご飯〉がいいかな」

「まだ言ってるよ、この人は。怒るわよ」

「いや、女将、無理に化粧話を引っ張ろうってんじゃないよ(~_~;」
「それは誤解。本当のことだからこれ」

「山菜ってのは、ワラビやゼンマイなどを除けば、比較的〈アク〉がない。だいたいは新芽を食べるものだから当然ちゃ当然なんだが」

「人気のあるコゴミ(屈)とかタラの芽なんかは、そういうふうに改良栽培されつつもあり、さらに食べやすくなってるね」

「ところで山菜の魅力は新緑そのままの芳香にあるけど、それと抜群の相性なのは〈おまんま〉だ。本物の銀しゃりだよ。」

「え、じゃぁ筍のような炊き込みご飯とか?」

「いや炊きこんじゃいけねぇ。米に緑が負けるからね」

「まず米を厳選しなきゃいけないが、これはまぁ値段で判別できる。洗う前に〈割れ米〉がないかチエックしてあれば取り除く」

「洗ってザルにあげる」

「容器に入れ米の1・1倍の水を張り、浸けておく」

「水が水道水なら前の日に沸かして一晩寝かせた水を使う」

「上等の昆布を一辺入れておく」

「次に山菜に火を通す。【無水鍋】を使う」

「無水鍋?圧力鍋じゃ駄目なの?」

「駄目だ。圧力鍋は温度が高くなり過ぎる」

「圧力は便利な面もあるが、調整が難しくデリケートな調理には向かない」

「無水鍋は野菜好き、いやさ料理する人間すべての必需品だ。もし持ってないんなら買っておくように」

「なんでかって、野菜や食材の栄養を残らず食べるにゃこれしかないからだよ」


無水鍋

「山菜は軽く水洗いし、口に入るサイズにする。これは均等に火が入るようにするためでもある」

「洗った山菜の〈水を完全に切らず〉鍋に入れて加熱する」

「菜に残った水分だけで火を通すためだ」

「フタをして中火で加熱し、蒸気がでたら火を止める」

「アクがある山菜はここでフタをあけて水にさらす必要があるので、この料理にはアクがない新芽系の山菜を使わなきゃいけない」

「これで出来上がりだが、今回は米を炊くからしっかりしたフタがある別鍋に〈蒸気〉ごと移す。無水鍋が二つあればその必要はないが」

「次にいったん洗った無水鍋で今度は米を炊く」

「今回の主役は山菜と飯なんで、もったいないがここで昆布を取る」

「ここで味付け。塩をひとつまみ。塩は沖縄あたりのやつでいい。酒を猪口一杯。酒は米の産地の地酒がいい。新潟米なら新潟の酒だ」

「フタして強火、沸いた瞬間にフタを僅かにずらし、醤油を切る。一滴だけでいい。名古屋の白醤油か関西の薄口醤油」

「この料理の味付けはこれだけ。他にはなにも調味しない」

「すぐにフタを密閉し、弱火にして10分強で火を止める」

「そんまま10分弱蒸らせば、モチモチピカピカの銀しゃりの完成」

「炊きあがった飯を〈飯台〉に移し、きっちりフタをして蒸気ごと閉じ込めてある山菜を飯に散す。そいで宮島(しゃもじ)で縦に切るようにしながら混ぜる」

「飯台はそこらに売ってる寿司用の千円くらいの小さい奴で充分。木肌が飯の余計な水分を吸い、飯がほっこりになる」


飯台

「これを盛る器だが、フタがあるものじゃなきゃいけない」

「料理は器の演出と効果で味を増す。なので小さな釜飯用の釜に盛る」


かまど形釜飯

「熱々のうちにこの小釜に盛ってフタをして食卓に出す」

「昆布の〈水引き出汁〉に、〈少量の塩と酒〉、醤油はなくてもいい。つまり〈化粧は〉限りなくゼロに近い。どうだい〈スッピン〉だろ」

「単純なやり方だ、女将だったら楽勝ってもんだ。やってみたら」

「う~ん、美味しいそうだけど、なんかねぇ。こんど魚ちゃんの店に行くから作ってちょうだいな」

「なんだよ、そりゃ」

無水鍋の機能について

無水鍋(waterless cookware)は、ステンレスが二重構造になっており、フタが厚く重いため(このフタ自体フライパンや鍋として使える)、蒸気を逃がさない設計になっています。

野菜は多量の水分を含むため、それ自体の水分によって蒸して火を入れる事が可能です。二重構造のため水がなくても焦げることなく蒸気が発生し、蒸気が逃げない為に短時間で火が入る訳です。それは燃料の大きな節約ともなります。

蒸気が逃げないという事は、その野菜自体の持つ栄養素も逃がさないということであり、これが意味するところは「味付け(調味)しなくても食べられる」となります。

つまり本当の意味で野菜の持つ味を味わう事ができるのです。驚くべきことに、これで苺を加熱しピューレにしますと「砂糖無し」のジャムができます。他のフルーツも同じ。

他の加熱方法はどうしても、〈栄養=持味〉を損なう為に砂糖を加えます(保存効果もあるが除外)

野菜は70度以上の温度で一気に加熱します。
これによりビタミンを破壊する「酵素」を壊すのです。

60度以下では酵素が壊れずビタミンCを損ないます。
板前が大量のお湯で菜をあおる(湯通し)意味はここにあります。(色素も保持できるので緑が残る)

沸点以上ですとこれもビタミンを破壊します。圧力鍋は高圧により沸点以上の高温になり、あらゆる栄養素を損なう可能性が高いのでおすすめできません。(使う目的によっては便利な道具ですが)

無水鍋の場合、最初の2分くらいでたちまち蒸気が立ちます。ここで弱火に落とせば、まさに「酵素を壊し、なおかつ沸点以上にならない」を、簡単に実現できます。※このために「菜に水滴が残った方が良い」のです。この僅かな水により、急激に沸かすことができますので。

この特徴のどこを考えてもまさしく「山菜に適した道具」と言えましょう。山菜のみならず、例えばトウモロコシが好きな方はこれで加熱しますと今までにない旨味を堪能できます。それこそが本来の野菜・食材が持つ味なのです。

2010年03月15日

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