和食と香辛料  

板前の香辛料

板前は辛いか酸っぱいか、それとも芳香漂うか

(壹)

いつだったか、「まかない」にラーメンを作って出したことがあるんですが、人がせっかくスープから何から手作りして拵えたってのに、若い衆の一人がスープを真っ赤にして食べていたことがあります。

額に青筋を立てたおいらは一言。
「あのね、ボク。それ何?」

若い衆
「っす。おやっさん。頂いてます」
「激辛ラーメンです。うまいスよ」

おいら
「っす。じゃねえ!この」
「板前が何を食ってやんだボンクラ」

ま、その後の「やりとり」はご想像にお任せします。

どうやらブームは去ったようですが、なんとも馬鹿げた風潮でしたねぇアレは。「スパイシー」とかいう話じゃなくマゾヒズムとしか思えない。

「ワサビの塊がアンコのマンジュウ」の類ですな。
どんな脳みそと舌をしてんだか。

四川省と北朝鮮の人間は腹で笑っていた事でしょう。





(煎)

日本料理は基本的にタンパクです。
その理由は「自然の豊かさ」にあると言えましょう。

背後には山の幸、眼前には海の幸。
極端な言い方をすれば、「手を伸ばせば食料がある」環境。

つまり「新鮮」なわけですね、食べ物が。
広漠な大地で食料を求めてさまよう大陸国とは違う。

したがって「こってり味」にする必要はないのです。
ごてごてギトギトした味にするのは食材に力ないからです。
(アブラがあることが力がある事にはなりません)

それは「鮮度」の問題であり、
また、食材そのものに「深い味」があるかどうかという事。

生食を非常に洗練させた「サシミ」という食べ方は世界に類のない日本独特のものであり、条件の整った日本だからこそ生まれたと思います。

(産)

けどそうしますとね、「食料保存」の概念が発達しません。

日本で保存食が開発され、それが進んだきっかけは、「中央集権」によるものではないでしょうか。それと「交易」ですね。

その端緒はやはり「集落の大型化」でしょうけどね。
大きな集落が征服者を招き寄せ、やがて権力が確立される。

すると「納税」というやっかいなモンが始まるわけです。
これはまぁ、当然「円」ではなく、まず「食べ物」
実用品も大切だが、やはり当時は食料が何より一番。
なので大事な食料を「物納」するわけですよ権力者に。

権力者のいる「都会」までは距離がある。
そこに運ぶ間に腐ってしまえば、「納税」になりません。

このあたりから「物々交換の交易」で培っていた食料保存の技術が急速に進んだのでしょう。

(歯)

同じような事が起きたと考えられる異国では、ここで「スパイス」が脚光を浴びたわけです。たんなる塩漬けよりも、胡椒などを使用すると断然違いが出ることに注目したんですね。

それ以前の問題として、やはり日本ほどには食材自体に「力と深み」がなかったと思います。そのものに彩やらの魅力が乏しい。はっきり言って「味気ない」

これを【乾質な食材】と表現します。

昔、西洋人が世界中を征服して回った大きな動機の一つがスパイスへの欲求だったのです。これは乾いた食材に対するウンザリ感と、「もっと湿り気のある(深い)味の食」を求める隠された心理があったのかも知れない。

ローマ時代まではわりと海山のバランスがとれていたのかも知れませんが、中世に入って西洋は肉食時代になります。その背景には人口増加に伴う開墾とか畜産の発達がありましょう。

そこで胡椒などのスパイスが大量に必要になる。
しかしヨーロッパでは「黄金」にも等しい。
遥か彼方の異国にしかないからです。

マルコ・ポーロの情報などで「アテ」はある。
なので「動いた」という事でしょう。
その後はご存知の通り。
世界のほぼ全てが彼らの植民地になってしまう。
植民地でまっ先に作らせたのは、もちろん「香辛料」

【肉食に傾いているから香辛料まみれにする】
異論はありましょうが、単純に言えばそうです。

(呉)

だが日本は「肉とパン」の国ではない。
とにかく食料が変化に富み「味がある」のです。

【湿り気のある食材】
「生きている」と表現しましょう。

色々やらなくても「食材自体が勝手に美味しい」
そして、放っておいても腐らずに味が良くなる物が多い。

科学的に言えばそのような蛋白成分(グルタミン酸・アスパラギン酸など)やイノシン酸とかが多かったとなるのでしょうけども、他国と違ったのは、【完璧に近いバランス】でしょうね。自然の条件が微妙に整い、驚異的に豊かで美味い食材に恵まれていたのです。

こうした成分は、余計な水分が抜けるとさらに凝縮して、食材は旨味を増します。加えて水分を飛ばすと「腐敗しづらくなる」のです。

当然の成り行きとして、保存食も【乾燥】が主役になります。

蝦夷のアイヌは鮭を「とば」にし、鹿肉を干す。
それを「通貨」として日用品と交換し、税にもする。
東北地方では野菜を乾燥させる。
南の方では海藻を干し、イカを吊るして乾かす。

まさに「干物が通貨」といった様相です。
主食であるコメは言わずもがな。

食料は基本として手近にある新鮮なものを使う。昔の日本はどの地方であろうが、豊かな自然が周囲にある「田舎」ですから、それが可能です。

遠距離から来た乾物は副菜に少しだけ使用する「非日常品」
それが延々と江戸時代まで続いた日本人の食生活です。

このような環境では、香辛料の需要が起きません。

(禄)

日本古来のスパイスが無いわけではなく、「山椒」、「生姜」、「茗荷」、「蓼」、「山葵」など。これらはかなり古くから使われており、奈良時代に記録が(ただし食というよりも薬としてでしょうね) 山椒などは縄文の時代から使われていたようです。

しかしこうした香辛料はどれもが【ほんの少量しか使わないもの】という特徴があります。その目的も共通して「主役である食材の味を引き立てる役目」であり、換言すれば「無くてもかまわない」食材でしかないわけです。

「薬味」という考え方は、西洋と同じく元々は薬として使っていたものだからですが、米と魚が食事の主体だった日本ではあくまで《添え》でしかなく、「それ以上」になる必要もなかったということでしょうね。明治に入るまでは。

塩コショーして焼く肉を一度食べてしまうと、もうコショー無しのステーキに戻れないものですが、日本のスパイスにはそのような傾向は全然ないのです。

江戸っ子が「サビがきいてるね!」なんて言い出したのは、江戸の終わりも近い頃。西洋化する明治が目の前に迫っていた時期なのですよ。

(ちなみに山葵には「それなりの理由」があるが、激辛とやらに正当な理由があるとは思えません)

それ以前は「香辛料は別にいらない」だったと思えます。
繰り返しになりますが、理由は「食材自体が美味い」から。
(加えて油脂の使用があまりなかった事もあります)

四季折々の変化が、つまり自然が自動的に「わび・さび」「ハレとケ」、そうした「彩り」「香味」をつけてくれる。【天然スパイス】の恩恵でしょうな。

「日本料理は目で食べる」
そんな言葉も食材が主役であればこそです。

作る料理を日本の風景、四季折々の自然に近づけるほどに「板前の腕が上達した」と考えてもよいでしょう。色々な加工を加え、細かい作業をするのも「自然を再表現」するのが目的なのです。

【使用する目的が根本的に違う】
【食材の持ち味を損なう使い方はしない】
のです。

極論すれば、塩があれば成り立つ料理。
それが和食なので、香辛料は「邪魔」でしかないのです。

付け加えると、古来よりの「発酵調味料」
あれは調味料ではなく、素材の範疇だと言えます。
原料が何であるかをか思えばそうなります。

(菜無)

以上は過去の話です。

【我が国がどれだけ食に恵まれていたか】
それを忘れ果てた現代日本人は、さらにそれを完全に葬り去る未来へと向かって歩んでいると思えます。

たとえば大手ショッピングサイトには膨大な種類の食材が揃っていますが、日本で産した昔からの食材は探すのが大変で、見つからないケースが多い。ゼロだったりするんですよ。

こないだまで普通に使っていた食材がもう「民俗学」の世界。
(まぁ、あるところには有るんですが)
自分の見るところ、ある意味では「絶滅」しておりますね。

戻るのは不可能だろうという気がします。

TPPに参加してもしなくても、どうせ日本の農漁業は消滅するでしょう。今のシステムでは後継者が育たないからですよ。展望というものが無く、明るい将来が見えない職につく若者はいません。

役人に近い団体職員になった方が現場でモノを産み出すよりも「ラク」。誰もがそれを「事実」と知っている社会で、あえてラクでない道に進む者はいないってこと。

都市に偏重した歪な社会なれば、もう自然の中で暮らそうという発想もないし、暮らせもしない。行くところまで行くしかないのでしょうね。ま、日本人全員、一人残らず役人にでもなるこってすな。
頑張って下さい。(←

日本で香辛料が盛んになり始めた時期と、「自然を疎ましく感じる日本人が増加しだした時期」がピタリと重なるのは興味深いです。

「自然離れ」が和食離れにつながり「ゴテゴテ味」に舌がマヒし始めた。それが明治という時代だと思います。

香辛料が爆発的に増加したのは1960年以降の高度成長期。
これもやはり「背景が同じ」、または「動機が同じ」

「経済優先」、「西洋かぶれ」、「日本伝統の軽視」とかね。
ま、ようするに「昔風はダサい」っていう風潮でしょうな。

香辛料の増加とピタリ合わせて「アブラと砂糖の使用量」も増加しているのも見逃せない。
(本来であれば、香辛料の使用で塩分や糖分は減るはずで、減らねばいけません。だが増えている。この不自然さが「ヤラセの証明」だと考えます)

する必要のないことを行い、
食べる必要のないものを喜んで食べる。
と言うよりも、「やらされている」「食わされている」

そういうことでしょうね。

(破知)

ここまで書くと「香辛料に否定的」と思われましょうが、そうではありません。

明治から百年以上。もう我々の舌は後戻りできません。

香辛料に馴染んだ舌を否定していても意味はない。
逆にどんどん取り込んでいくべきだと思います。

進行させた方が【先祖返り】する可能性が高い。
しなくとも、まだ見ぬ未来の和食を開く可能性はある。

日本の香辛料は「香」と「辛」がはっきり分かれていて、他の種類とミックスしない、それ単独で使うという特徴があります。そして山葵や山椒のように突き刺すような辛味をもっている「辛」が多い。カラシにしても和芥子は西洋カラシよりも辛味が強い。

これが和食を和食たらしめているポイントにもなっているんですが、同時に「融通がきかない」という側面もあります。考え様によっては「壁が破れない」というわけです。

和食を壊さずに西洋の香辛料を導入することも出来るはず。
単独で不可能だった事が可能になるかも知れません。

ワサビとマヨネーズ(洋ガラシ)などという、板前には許せない(笑)組み合わせでさえも、何か新たなものを生み出す芽を秘めているかも分かりませんからね。

(笈) 香辛料とは

さて、香辛料とは言いますがハーブとかスパイスとかの違いはなんでしょうか。もちろん専門家は知っておりましょうが、そうでない方はよく分からないのではないでしょうか。

ハーブは「葉もの」
シードは「種もの」
それ以外はスパイシー・スパイス

そうなっておりますが、実は明確な分類法はありません。

その必要がある専門的な職業の方々は細かく分類しないと仕事になりませんので、やっておりますが、基本的にスパイスとハーブに明瞭な線引をするのは無理なのです。

なぜなら、香辛料の用途が以下のようなものだからです。

■憩い

・芳香を楽しみ、癒しとして使う
(空間の芳香剤)
・花など、姿形を愛でる
・保健・嗜好のために服用する
(お茶風に飲んだりして摂取
健康維持促進、病気予防。嗜好)


■薬用

・薬として薬効を求める(殺菌・治癒効果)
・防腐効果、防虫効果を利用する


■食用

・ただ単に食べる
・食品の保存に使う(防腐)
・料理の臭い消しと殺菌
・料理に香りをつける
・料理に辛味をつける
・料理に色をつける
(クチナシ、サフラン、ターメリック、パプリカなど)

こうした多岐にわたる用途が渾然としておりまして、何か一つの目的だけに限定される香辛料は珍しいくらいなのです。

つまり、ハーブだろうがスパイスだろうが香草だろうが、「呼び方はどうでもいい」のです。必要なことは一つ、【何に使うか】だけです。

ハーブ類(生葉)

(渋) 日本の香辛料

海外のスパイスは上の通りなので、混合・調合して用いられるのが普通で、単体で使うのは一部です。

これに比べ日本の香辛料は七味などの例外を除き、ほとんどは単体で使うものばかりです。
(七味にしたところで原型は漢方であり江戸時代に考案されたもの)
(**塩とか**胡椒にいったっては最近のもの)

理由は先程書いたように「無用」だからです。

日本の香辛料は「ハジカミ」という古語に表現されているようです。

古くからある山椒は「椒(はじかみ)」
同じく生姜も「薑(はじかみ)」

雅な語感であり、真の意味は分かりませんけども両者ともに「辛い」ことに関係ありそうで、「端を噛む」などと教えてくれる方もおりました。
(本当は「辛い(かみ)」「はじ(はじける実)」という意味。なので(なるはじかみ)と言います)

この山椒こそ、「板前の香辛料」だと思います。

その果皮の辛さは強烈で激辛。
その葉はメマイがするほど強い香り。

それでありながら、「一瞬」なんですよ、効果が。
「だからこそ」と言うべきかも知れませんが。

実に不思議な木でしてね山椒は。
その薫りは「山の神」の芳香。
あのような香辛を持ちながらアゲハチョウを育てもする。

申し訳ないが、唐辛子や大蒜は「品がない」と自分は思っています。健康的な効果とか使いようによっては大変重宝することは分かってますし、プライベートでは大蒜が好きでよく食べます。

しかし、同じく「辛いもの」でありながら山椒はこれらの香辛料と「別格」なんですよ。それはね、素材の持ち味を絶対に壊さないからです。(この二種のようにたっぷり使うことを許さないので、必然的に使用量も限定される)

ニンニク・唐辛子が「攻撃的」だとすれば、
山椒は「融和的」、「和」です。

木の芽を手のひらに包み、鼻を近づけて目を閉じる。
すると、たちまち緑が繁る山林に立っている。

板前は昔から山椒の新芽、葉、種子はもちろん、幹枝まで徹底的に利用して来ました。木の芽をあたる「すりこ木」が山椒の木材ときてます。

まあ、長く板前をやっている方には「いまさら」でしょう。しかしたまには「山椒の不思議さ」に思いを馳せてみるのもいいですよ。

ちなみに和食の世界で山椒の代名詞となっているのは「朝倉山椒」で、この名がそのまま和え物料理の名前になってます。葛の「吉野」などと同じような意味です。

和の香辛料 朝倉山椒



もう少しで木の芽の季節。
竹の子の木の芽和えでも召し上がりますとよろしいですね。
すると「和食(素材)と山椒の関係」がお分かりになりますよ。

関連記事:香辛料と和食【暑い】関係

2013年02月28日

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