鏡面包丁 波紋を出す磨き方

  

本焼の磨き 刃紋

今は本焼でも「錆びない系」の包丁が主流になりつつあります。忙しい店しか生き残れない現状ではそれも仕方のないこと。

慌ただしい板前仕事でもって、一度錆びない包丁を使うと手放せない。それは動かせない事実でもあります。

でもね、だからって全員が錆びない包丁を使ってるわけではない。いるんですよ、まだまだ。鋼(炭素系)の包丁を使ってる板前が。それが本焼にしろ霞にしろ、まだ沢山いるんです。

もちろん忙しさは同じ。同じ条件でも使ってる人はいる。

「錆びるのが面倒」
とは言え、ほんのひと手間面倒をみてやれば済むこと。

その「ひと手間」を嫌って、そこから崩れて行かない事を願います。

ま、人それぞれ。
決して錆びない本焼を否定してるんじゃないんですよ。
自分も持ってますしね。その系統の包丁を。

さて、今日は本焼包丁の刃紋の話です。

刃紋はともかくとしまして、包丁を磨きあげるのは、仕事に関係有りだと思います。

日本料理の仕事は割烹の「割」
つまり包丁をきかせるのが和食の特徴。まさに包丁人。板前と包丁は切り離せない。

西洋的思考であれば、食材が切れればそれでよい。
だが和食は違う。
料理に「角」が必要なんです。
切り口のカド、盛り込みのカド、全体のカド。
ぺったんこで良ければ、和食以外の料理を作る人になればよい。

極端に言えば、
三食を猫背で食う
寝転がって足の指でテレビのリモコンを操作する
その感覚でカドのある和食は無理。

「角」
そのセンスはどうやって身につけるのか。
それは料理に対する「姿勢」、「心構え」です。

それが有る人はね、包丁をおろそかにしない。きっちりと包丁を手入れできるから自ずとセンスを纏うのです。

まだ20代前半の頃で、親方が元気だった時のこと。
ただでさえ人相の悪い親方が、
吊眼でもって突然おいらを呼び止めました。
「おい。こら」

「最近おめぇ、あれだな」
「包丁の手入れがなっちゃいない様子じゃねえか」

「いや親方。ちゃんと研いでますよ」
「切れ味最高! なんちゃって 笑」

「このうすらぼんくら!」
「切れりゃそれでいいのかよ!」

「今メチャクチャ忙しいんスよ。磨いてる暇がなくて・・・」

「口答えすんじゃねえ!」
「つべこべ言ってねぇでしっかりしろい!」

「はいはい。ちゃんとやります。すんません」

「ハイは一回でいいってんだ、このハンチクが!」

「へい!」

「何がヘイだ。このマヌケ。今は江戸時代じゃねえっ!!」

あ~、もう~~(ノ▽゚;)メマイが・・・・ 
何者なんでしょうか、このジジイは
ウッセェにも程があるっての(笑)

それでもね、親方には深く深く感謝していますし、尊敬しています。こうした「やかましい」教育がいかに大切で得難いものか。昨今は殊にそれを痛感致します。

今では本気で怒ってくれる人間など殆ど日本から消えました。日本の若者は誰が鍛えてくれるってんでしょうかねぇ。

そろそろ本題に入りましょうかね。
前フリだけで記事が終わりそうなんで(~_~;



包丁の波紋とは

かすみ焼き(鍛造包丁)には刃境に、本焼包丁では焼場土に合わせた箇所に刃紋が浮きます。鍛造に出る刃境は霞。いわゆる刃紋は本焼にしか出ません。霞焼きの場合軟鉄と鋼が合わさっており、その境目に霞が出るので【刃境

本焼の鍛え方は日本刀の製作工程とよく似ており「焼き入れの前段階」で「土置き」の作業があります。泥状の土(又は砥粉)で焼きが入らない部分を作るためです。まずどこまで焼くか鍛冶が決める。そして焼きを躱す箇所を土に置く。そのラインを決めるのです。

こうして焼入れすることで焼きが入る部分と入らない部分に分かれます。 焼いた部分は硬くなって刃物として最高な状態になり、焼きを躱した部分は靱性をもった粘りの強い鋼になります。その境目に刃紋が出ます。

霞焼は刃の部分に鋼があるので同じ境目であっても刃に近い部分に文が出ますので刃境なのですが、本焼の刃紋は位置が決まっていません。どこまでを焼入れするかは包丁鍛冶の腕次第、考え次第。通常は鎬に近い切刃か、平に刃紋が出ます。

※所謂「さびにくい・さびに強い系統」の本焼包丁に刃紋は出ません

炭素系(さびる)包丁鋼材とさびにくい鋼材
☆さびる系(打ち物(合わせ鍛造)以外は刃紋)・※刀の切れ味
白鋼、青鋼、SK鋼など
☆さびにくい・さびに強い系(粘り強く扱い易い)・※カウリや189は別として切れは落ちる
カウリX、ZDP189、ATS34、V金10号、その他超鋼系


この美しい波をうった刃紋は刃物の美といっていいでしょう。

ところが、包丁を鏡面にしてしまいますと、多くの場合刃紋が消えます。元々ある刃紋が鏡面仕上げにかき消されて見えない

※この包丁は元々「刃紋(波文)」ではなく、『山に月』という特殊な紋様が出る高級和包丁で、未使用時(新品)は鏡面仕上げであっても文様が見える状態です。しかし年数経過に加えて自力鏡面にすると消えて見えづらくなるのです。

なぜなら刃紋は「境め」に出るものだから。そこを境に上下の鋼組織が違うのでそうなるのですよ。

全部を鏡みたいにしてしまえば当然消えるのです。「昼と夜」その夕暮れに、いきなりデッカイ太陽の光が差すってこと。

ピカピカをとるか、刃紋をとるか・・・・
悩んでしまうところです。

簡単に言えば、刃を6000~8000で研いで、平は1000~2000のコッパ。
これですぐに刃紋が出ます。
(刃紋が平にある場合。切刃にあればコッパ不要)

だけど、それじゃ鏡面はオシマイ。

ところが、鏡面にしても刃紋は出るんです。

とは言え、塩酸系等を使ってナニしたりはしないほうがいい。
刀ではなく包丁ですからね。

鏡面の刃紋出し

まずは手順を踏んで鏡面に磨き上げて下さい。
包丁の磨き方 

鏡面仕上げになったら、刃紋狙いです。

鏡面仕上げのみの場合、この包丁の刃紋も見えません。

刃紋を出すための磨き方

この鏡面状態から作業にかかります。
仕上げ用の磨き剤(粉)などを少量使ってバフ作業。

この包丁は刃紋が鎬のチョイ上、平下部のこの位置にあります。

なので、バフを赤矢印のように動かします。

重点は刃紋。そこを中心に矢印を繰り返す。

斜め方向に動かす感覚は霞包丁の波出しと似ています。

霞焼き包丁の刃文を出す研ぎ方

これを辛抱強く繰り返すと、鏡面の中から刃紋が浮いてくるのです。

最後の仕上げは、純毛などを使いポンポンと。つや出しです。

出来ました。



なぜ磨きで波紋が出るのか

少し続きを書いておくことにします。

ここに書いたことは鏡面の本焼を磨く過程で偶然に気がついたものです。

うまく波が出たので、他の包丁でもやってみたところ・・・・
駄目でした。

で、バフを変えたり圧を変えたり、色々やってみました。
それで他の包丁も鏡面のまま刃紋が出たには出た。
が、その理屈が正直分かりません。

一つだけ共通していたのはバフを当てる場所と動かす方向。
これは上の画像説明通りで間違いありません。

もちろん番を落として平に霞をくれてやれば(艶を消せば)一発で波は出ます。しかし、せっかく苦労して鏡面にしたのでそれはしたくないですよね。

なぜ同じやり方では駄目なのか?
そもそもどんな理由でピカピカの鏡にした肌に波が打つのか?

考えても分かるわきゃねえ。
ってんで、包丁屋さんに電話。

「ちょっと画像を送って見せてよ」
そう言うんで、PCで画像を送る。

「う~ん。同じやり方でダメだというのはちょっと分かりませんが・・・」
「低温の摩擦熱によって表面硬化したのではないか?」

という御言葉。
なるほど、確かに何やら思い当たるフシがあるかも

もちろん、火炎はもとより、高周波も電解もできるわきゃない。なので表面焼きなどとは違うけども、いわば「日焼け」に近いニュアンスでしょうかね。表面硬化は大げさで、薄焼ってところでしょう。

鏡面仕上げ剤で磨き(コンパウンドのような製剤ですな)、
その後粉質の打ち粉をして艶を出して以降はほぼ乾拭き。

この乾拭きに相当な力を入れていた気がする・・・

おいらは馬鹿力でしてね、特に握力は強い。夢中で気が付かなかったが、触れば熱いほど擦っていたのかも。

ちなみに、バフは綿やらシリコーン系やら色々試したましたが、この用途には「フェルト」が一番ピッタリ来るのではないかという感じです(今のところは)

・結論

刃紋は「ぼかし」によって鮮明に浮かび上がる
光沢研磨を極限まで進めた「鏡面」はあらゆる霞を消し去る
なので、鏡面仕上げと波紋出しは矛盾した作業になる
が、鏡面に波紋は不可能ではない。
簡単ではなく、非常に難しいが、我々にも可能である。

※これらの話には研ぎ師が仕上げた新品の「鏡面 刃紋」を含みません

刃紋出しに成功した読者さん

堺菊守 柳 本焼

※本文で紹介したやり方は熱変性による刃文出しです。つまり硬く焼きが入った部分とそうでない部分の熱変化を利用したもの。

この読者さんが行ったのは刀剣師が用いる刃紋出しに近いものです。刀剣師は硬めの天然砥(内曇)を利用して磨くのです。

これは丹波青砥(中目)でやると比較的簡単で、容易に波紋が出ます。しかし青砥ですと鏡面の維持が難しい。微細な内曇を使う理由はそこにあります。

この方がそれに気づいて見事な刃紋を出したことに感心しました。
(石の種類は不明)
この方ように粉を挽いて使うやり方の他に、硬めの石とツラを合わせて磨き、その砥汁を乾燥させて使う方法もあります。

後記

この記事を読み返すと、「どうせ面倒すぎて誰もやる人はいないだろう」という本音が透けて見えることに気がつきます。

ところが記事を公開してみますと、意外なほど多くの人が興味を持っており、自分もやってみたいと考えておられる事が分かってきました。

波紋を出す方法は、ここに書いてある事に限った訳じゃありません。別のやり方でも出せるはずです。

専門家は波紋出しを【地紋を引く】と言います。
この《引く》という言葉に注目して、その意味するところに着目して下されば、必ずや見事な波紋を出せると思います。頑張ってください。

著者:手前板前 魚山人
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