想定外  

「想定外」~想像力なき台詞の暗渠

想定外って言葉が耳障りでたまりません。誰も彼も(特にTVメデァア)、自動人形みたいにこのセリフを使う。「今年の流行語大賞は 想定外 に決まりました」でしょうかね。

想定外とは「予想してなかった」という事であり、それを予想してしかるべき立場の人間が言うのはね、要するに想像力がないバカでしたっていう意味です。

「自分バカでした」
そんな恥ずかしい告白をしてると気付きもせずに、機械的に、想定外、想定外、想定外と、まるで何かの呪文みたいに口にする連中の精神構造はどうなっているんでしょうか。

「想定内の大災害」って言葉は矛盾してるでしょう、どう考えたって。矛盾どころか日本語でさえありません。こんな言葉は無い。

「想定外の事態に備える」のが災害対策であり安全保障政策ってもんでしょう。自然災害や予期せぬ騒乱はいつでも人間の予測を超えるもんです。

そうしたモンに万全の備えなど理論的に不可能。だが完全な対策は無理だからといって諦めたり、「市民に対しやってるふり」をしてはいけない。知恵を絞り英知を尽くして出来る限りの事をしておく。

被害者をゼロにするのは不可能かも知れない。だがその不可能に全力で立ち向かう姿が人間の本能だったはずです。だからこそ人類は文明を築きあげた。

こうした空虚な言葉を何の疑問も持たずに毎日毎日耳にし頭に刷り込まれる人々は、さらに輪をかけて想像力を失う。

果ては「自分のことしか考えられない」、「他力本願・責任逃れ」体質となる。

その結果、某市の市民のようにネット掲示板のデマに反応し「放射能ガレキ」を持ちこむのは許せないと市役所に抗議を送る人々が出る。

そんな国民たちの反応に「安心」した政府と官僚は「東京電力は事業体として存続し、電力供給の責任を負っていく」(15日 海江田万里原子力経済被害担当相)、と発表。

原発への抗議の声が小さくなり、国民が目先の事だけに頭を使っていれば、すぐに「原発推進」は復活するでしょうにね。


 


空空漠漠たる精神の常闇
その先にあるのは出口無きトンネル(暗渠)

この建物の窓から見える吸い込まれるような暗黒の闇。おいらはこれを見て、今の日本人が置かれている状況を想起します。同時に想像力を失った精神の闇をも想起します。

The Sun Also Rises

何度も同じこと書きますが、市町村単位で対応できる災害ではありません。復興、いや復旧さえも県はむろん、国の手厚い支援が不可欠です。

しかし現場の人々は「役人が作った細かい規制」によって復興作業が進展しない有様。瓦礫の撤去から仮設住宅建設にいたるまで「法規制」でがんじがらめ。

村や町の方々はいちいち市や県に許認可を貰うべく奔走しなけれなならず、トップの中央省庁は相変わらずの「縦割り・縄張り主義」。

それを調整し「遅れ」を出さない責任を持つ政府は、役人の使い方をまったく知らず、てんやわんや。

細かい規制や法などケースによっては対象外にしてモノゴトを先へ進めるということを知らない。今は緊急の事態です。法整備など後でやればよい。

現地の方の手を煩わせる「公式訪問」ばかりでは気が引けます。若い衆の四駆を借り、後部座席に寝袋を放り込んで出るのもありでしょう。キャンプ地には事欠きませんしね。

魚の関係を始めやるべき事は沢山ですが、痛烈に感じる事があります。やはり「人」なんだと改めて感じます。

津波で爆撃後の廃墟の様になっても土地を捨てる人は少ない。復興への意思を強くする人たちは「人間が財産」だと気付いてます。

もちろん大都市のように「人余りとは逆」だったからって元々の事情もありますが、それだけはありません。

「都会では薄れて消えかけている何か」を持っているからでしょうな。なので諦める道を選ばない。

この国を想うにつけ、暗渠のトンネルは本当に長いと感じます。我々の闇はいつまで続くのか。

人々の精神に宿る「硬直した暗黒」に光が差す日は来るのか。「想像力」は戻って来てくれるのか。

しかしね、被災地の方々が逆に我々に教えてくれるんですよ。負けちゃいられない。諦めさえしなきゃね、「陽は必ず昇る」と。



暗雲の向こう側には太陽があります。
太陽は「人の心」だと言い換えてもいい。
「あきらめない人々の心」です。

でっかい太陽はね、いずれ暗闇をとっ払い、人と大地を明るく暖かい光で満たすでしょう。必ずそうなります。

2011年04月15日

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