生活保護と不正受給  

声なき声

不心得者の「たかり屋」はどこの国にでもいるようです。

米ミシガン(Michigan)州で、宝くじで100万ドル(約8200万円)を当てた女性が、賞金を受け取った後も州政府が低所得層に支給するフードスタンプ(食料配給券)月200ドル(約1万6500円)分を受給していたことが分かり、詐欺罪で訴えられそうになっている【3月9日 AFP】
 

だが、日本で問題になっている生活保護費不正受給の件は少し違和感がある。 「流されて落ちていくだけ」最近またそれを深く感じることがありました。

メディアの報道にバランス感覚が無く、為政者側に都合の良い方向へ偏っている。その偏りに異を唱える大衆は少なく、ネット族でさえ偏りに便乗するのみ。

つまり「流れに身を任せるだけで、遡上しようという逞しさがない」ってことですね。

去年の震災以降、【生活保護受給者が増え続けている】というニュースが毎月のようにネットを含めたメディアで取り上げられ続けて来ました。

その「流れ」を受けて、とうとうある芸能人が実名で槍玉に。すかさず大臣が「支給を減じる方向を検討」と応じる。

この一連の動きをみて、何か疑問を感じる「アタマ」をもった者はいないのか?

まるで「デキレース」であり、マッチポンプに近いでしょうがこんなモン。

なにゆえに「人工的な流れに」ただ流されるのか?
それほどまでに「家畜化」が進んでいるということか?
もはや「自分のアタマで考え、自分で判断する」は不可能なのか?

問題を整理すれば【不正受給】が因子だと分かる。
悪質で確信犯的な者達の存在。

だが、当然ながら受給者全部が不正をしているわけではない。

これがなければ生きることが出来ない人達が大部分なのです。その方々は「声なき者」であり、街頭デモで権利を主張することもない。

一部の不心得者をクローズアップして「全体」にしてしまう「世論操作」 その「ムード」に押し流される大衆。それに便乗する為政者。その背後には影のような官僚の姿。

「ムード」
これが、”税の一体改革”とやらに利用可能と判断したのであろう。「皆で痛みを分かち合いましょう。消費税のアップもやむを得ません」

その次は社会保障、さらには年金の大幅カットに踏み切るハラ。生活保護費に目をつけるのは当然の帰結でしょうな。

冗談ではない。話がズレているでしょうが。普通に考えて。【不正受給】が問題なのであって、不正をしていない人々をターゲットにするのはおかしい。

厚生労働大臣からコメントを求める報道各社の姿勢がすでにおかしい。正常なメディアであれば「法務大臣」へ質問せねばならないはず。

話は単純。不心得者どもへの厳罰化でしょうが。詐欺罪に準じる刑罰を適用し、犯罪者として扱えばよい。

確信犯は税金横領罪であり質が悪い。酌量の余地などないし、かばう必要もなし。いっそのこと最高刑の「死刑」を適用すればいい。

不正な者達を懲らしめる事を容易にする。その法制化。それが話の筋であろう。なのに、なぜ、「なにもしていない弱者」たちを困らせる方向にいくのか。

【不正受給を摘発する権限の強化】
【不正を行う者へ厳しい刑罰を科す】
官庁や国政が論じるべきものはそこにある。

厳しい刑罰と、容赦のない明確な犯罪者あつかい。「ナマポ」などと呼んで軽いノリの者達はこれで腰が引ける。そんな連中など警察が片っ端から引っ張ればいい。福祉事務者に任せてないでね。

それが、【給付金全体を見直す。減額の方向で検討に入る】そういう問題にすり替えられる。 少しゃ「疑問」ってモンを感じたらどうです?

あれほどの大災害が起きたんです。生きる道が閉ざされた人々が増え、受給者が増加するのは仕方がない。

それを一括りにして、白眼視する風潮はあまりに不寛容。他国がどうあれ、日本人には日本人の”情”ってもんがあるんです。

そういう「全体」をみるべきであってね、「楽して金をもらっている連中」をやっかみ半分で報じるメディアに乗せられるべきではないでしょうが。

「メディアが報じない、大多数の受給者」は、「それしか食べていく手段がない」ってことを忘れちゃいけない。

だいたいね、為政者の旦那がた。アンタ等が何十兆円もの巨費をドブに捨てるような使い方をしておいてだね、憲法で定められた基本的人権に嘴を挟むガラじゃねぇだろが。

税の無駄だってんなら、議員を3割に減らすか歳費を半分以下にしろってんだ。「楽して金をもらっている」のは誰なんだ! ボンクラどもが。

「大人の社会が」するべきこと。
それは”感情的で偏った扇情”にのせられないということです。

一部分を全体として捉えるのでなく、【声なき人々】の声を聞く。

それが人の道ってもんだと思いますよ。
2012年05月28日

思うところがあり、この記事はしばらく非公開にしてました。『声なき声』というタイトルの真意をまったく書ききれていない。これでは全然説明になってないし、何を伝えたいのか分からない。

それはおそらく自分の中でこの件に関して迷いがあるからでしょう。つまり逡巡があるということです。今もまだ迷いがあります。
分からないのではない。

「書けない」のですよ。書くことに迷いがあるのです。世の中には言ってもよい事とそうでない事があるからです。

人はね、誰しも弱いもんなんです。おいらも例外ではありません。人ですから。順風満帆に人生を送ってきた人間などいないのですよ。

世間様に「成功した人」と思われてようが、それでも例外はない。皆が他人には理解できぬ苦労を重ねている。だから「今」があるんです。


ところが、たとえばネットニュースの見出は、こうです。
「大物芸能人の◯◯は莫大な財産があるので死ぬまで豪遊できる。うらやましい」

ま、本音でしょうな。これが。

だが考えればすぐに分かりますが、その「財産」は犯罪で稼いだものではないし税金をピンハネしたものではないし、親の遺産でも配偶者の資産でもない。その◯◯さんがタレント(才能)で稼ぎだしたものです。後ろ指を指される筋合いなどまったくない性質なのですよ。

あんな水のような業界じゃ、生き残る事すら難しい。その熾烈な競争の中で生き残り、しかも財を築いた事実。それは運もさることながら「強烈な努力」なくしてはありえない。

上記のゴシップ記事は、その「事実」を完全に黙殺しております。記事を書いているライターが誘導したい結論はひとつ。
「金を持っている者はズルイ」
「悪いことをしてきたに違いない」
「だから悪人に決まり」

SNSや掲示板のような「三段論法」

ようするに「なので叩く」と言いたいわけでしょう。「まっとうな努力で稼いできた」過去はシカト。

けどね、似たような「金持ち」に「ビートたけし」がおりますけども、この記者さんは、たけし兄さんの事は書けない。もちろん怖いからです。反撃されますからね(笑)

そんな度胸はない。その程度のサンピン記事です。いや記事ですらない。ただの「妬み」によるゴミ文章ですな。

少し考えてみたらどうです?
「自分らはどうしてこうも【誘導】されやすのか」と。

人間がつけこまれる最大の理由は「弱さ」です。冒頭に書いたように人は誰でも弱い。だからこそ為政者どもの誘導に簡単に引っかかって特定の方向を向く。

誘導する目的は何かそれは「核心」から目をそらせて話の流れを違う場所へもって行くためです。

皆がいっせいに回れ右をすれば「正面にある真実」は消え去る。そして誘導する者達が「見せたいもの」だけが事実となる。無い筈のものが目の前に現れ、それ以外は見えなくなる。

おいらが現在の世情を眺めて一番疑問に思うことはね、「今の人達は明治新政府から昭和・平成までの百年あまりの歴史をちゃんと知っているのだろうか?」です。

ネットを含むメディアをみておりますと、知っているとは思えないのです。たとえば日露戦争時の日本メディアの報道姿勢。

その報道に見事に嵌められ、あっという間に世論は一方通行。その背景にチラつく影が何だったのか。それが後に海軍・陸軍青年将校のクーデターにどう繋がったたのか将校らの背後にさえも「第二の影」が見え隠れしている。

昭和20年。降伏すれば犠牲者が出ないものを、敗北が確定しているのにも関わらず、首脳部ではこういう意見が出たそうです。「老齢幼年病弱は皆殺しににして戦闘員だけにしよう」

つまり邪魔になる自国民を全部殺して「本土決戦」に備えようというわけ。正気とは思えないが、彼等にすれば『天皇制』さえ残ればそれでいいのです。

ソ連参戦と原爆投下まで引っ張りまくって国民を殺し続けた挙句、やっと終了。でも終了ではなかった。中華民国が建国され、朝鮮戦争が起き、アメリカは政策を変更。日本国憲法はこの時点で瓦解し、飾り物と化す。

アチコチで「せまい了見」を語っている方々は、いっぺん明治以降の100年をお浚いしてきてはどうか。

ナチスのゲッペルス並の「情報操作」「プロパガンダ」「メディアコントロール」が、ヒトラーよりもずっと昔、すでに明治の日本で実施されていた事などが分かってくるでしょう。

その本質は戦中戦後、そして今もまったく変わっていない。それでもなお日本の大手メディアの報道を信じる気になるとすれば、そりゃもう病気だと思いますがね。

もう一度書きましょう
誰しも弱いもんなんです。おいらも例外ではありません。人ですから。

順風満帆に人生を送ってきた人間などいないのですよ。世間様に「成功した人」と思われてようが、それでも例外はない。皆が他人には理解できぬ苦労を重ねている。だから「今」があるんです。

その「弱さ」に立ち向かう方法 それはね、
「自分の弱さと正面から向き合うこと」です。

人を妬まず、人を気にせず、己の弱さを知る。
素直に弱さを認め、それを【恥】だと思う【心】
それが「維新までの日本人には」ありました。

だからこそ「向上心」「克己心」が下支えされるんです。

恥ればこそ、強くなろうと思う。
それが人間だと思いませんかね?

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