鰹は速いが・・・  

鰹は速いが・・・

青葉の季節に入ります。
この候になりますと東京者が浮き足立つのが初鰹。

江戸の頃は高価な魚で、「俎板に小判一枚初がつお」
でも「女房を質に入れても」食べたい。
だからより一層値が上るって寸法ですな。

今は流通網がありますので早くも1月後半には沖縄もの、三、四月には九州ものが市場にお目見えします。でもこれはちょいと気が早い。やはり《青葉の頃》五月に入ってからですね初鰹は。

ご存知のようにカツオは黒潮に沿って北上いたしますが、そればかりではありません。小笠原海域から紀伊半島沖を目指すカツオも、南西の黒潮と小笠原ルートの中間あたりの太平洋を北へ(日本へ)向かうカツオもおります。この別々の鰹魚群が合流する地点が伊豆諸島海域です。

別々のカツオの群が伊豆沖で集合する時期が5月6月なんです。水温低下の限界まで北上して秋口にUターンする戻り鰹に比べれば脂の乗りは僅か10分の1程度にしかならないのですが、その「青さ」が初物好きの人々に好まれもするのでしょう。もっとも「脂指向」の現在、脂っ気のない初ガツオは年々軽んじられている傾向がありますが。

まだ青い初がつお。

「トロガツオ」の異名を持つほど丸々肥えて脂の乗った三陸の秋鰹。


ところでカツオは他のサバ科の魚(鮪や鰆等)と同じく生まれてから死ぬまで休みなく泳ぎ続けます。なかでもカツオの遊泳能力は素晴らしく、常時は時速25~30kmですが最高速度は100~160km以上にもなります。浮袋がなく、泳いでいないと「溺れて」しまうからです。

回遊魚の身質が「赤身」なのはこの遊泳能力が関係しています。
普段動く事の少ない魚は「速筋」を身に纏い「白身」になり、高速で泳ぎ続けの魚は「遅筋」が必要なので身が赤くなります。カツオ・マグロの身を赤くしているのは色素のミオグロビンなんですが、この色素は空気中の酸素に触れると鮮やかな赤になります。しかしミオグロビンは鉄分がありますので酸化も大変早い。

身の太い戻り鰹は少しの間赤色を保ちますが、初鰹は急いで造ってもミオグロビンが酸化し褐色になりますのでこの程度。

呼吸方法や身体構造がそうなっていますので泳ぎに疲れることもなく、ともかくチャキチャキに泳ぎ続けてるんですよ。もし大海原で悠々と泳ぐカメに遭遇しても、あっという間に追い越してしまうでしょう。


 


さてここで寓話をひとつ。

何処かの板場に少々鈍い見習い板がおりました。
板場には手の器用な同期の仲間がいます。

ところがこの板前は仕事が人一倍切れる反面落ち着きがありません。
気が多くて脇道に逸れやすいこの同期、いつも叱られてばかりで鈍重だけど着実に少しずつ道から反れずに仕事一本やりの件の見習い板。

このデキル同期、「井蛙の見」という言葉を省みる事もなく、従って「大海をも知らず」、多少出来るという自信過剰で生じる油断からの余裕でしょうか、人生の途中で時々居眠りを始めます。その間不器用な見習い板は弛まず真っ直ぐに庖丁修行に明け暮れています。

幾歳月の後、人生を磐石不動のものにした「鈍い見習い板」の姿を見て、「デキル人」だったはずの自分が浮き草人生なのを呆然自失の思いで噛締める同期。

「さもありなん。その通り」と思わせるお話ですが、現実の世はそれほど単純なものではなく、例外も無数に御座いましょう。それにこれを寓話として考えずリアルと照らし合せる方もおり、「動物がのんびり居眠りなんかするものか」なんていう突っ込みも入るやも知れません。まぁ普通は「教訓」としてとらえるでしょうが。

煮物、焼物、愚か者

人の能力はそれぞれ。比較するより自分の道を走れ

なぜこんなことを書くのかといいますと、おいらはこの話が好きじゃないからです。この手のお話は人間を種類分けしてしまいます。えてして型にはめてしまうんですよ。

人のタイプは一種類や二種類ではありません。

生来手先が器用で頭もよく回る、でも天狗になる事なく努力を続ける人間だっているし、不器用だからってすぐに諦めてしまい怠け癖がつく者もいる。人によって違ってきますので類型化するのは意味無いんですよ。

直近で例えますと派遣切りやホームレスのニュースが頻繁に報道されると必ず出てくる反応がありますよね。「ひどく冷たい会社もあったもんだ気の毒に」、そして「結局自分がやる気無いからそうなるんだろ自業自得さ。支援などいらない、自助努力しろよ」と概ね反応は分かれますが、これが典型的な類型化ですな。

人それぞれに違った事情を持っていますし、個性や人間性もひとりひとりバラバラなのが事実ってものです。それをどうしても「ひとくくり」にしてしまう癖が我々にはあります。血液型で人間をたった4種類に分けてしまい、それを事実のように受け止める人が多い日本人に固有の性質がそれに拍車をかけもするのでしょう。


カメは時速100キロで通過していく鰹を気にもとめないでしょうし、カツオもまた優雅に泳ぐカメを気にはしません。それぞれに道ってものがあります。

でも共通する部分もある、それは目的です。
『生き続ける』という目的です。



世の中が「型にはめよう」って姿勢だからって自分自身で「自分は○○タイプだから駄目なんだ」って考えて落ち込んでいる必要などありはしません。

ともかくカツオに習って「泳ぎ続ける」ことですよ。両足は止まり続けていると筋肉が削げて使い物ならなくなっていきます。

まず歩く事。

それが生き続けるという事で、そうしていれば必ずどこかにたどり着くことが出来ますよ。


2009年04月16日

 

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