路傍に咲く陰君子  

路傍に咲く陰君子

こんな時代でも師走はやはり師走です。
それなりに忙しなくなりつつあります。


所用が出来て世田谷まで出ようとしていましたら、
「こんにちは~」
いきなり以前うちで働いていた子が飛び込んで来ました。
なかなか良い子で確か学校は「お茶の水女子」

たちまち顔面が相好にぶっ壊れたおいら。

「おお、元気そうじゃねぇか、あいも変わらず」

「はい、おみやげです。谷中のコロッケだよ」

「か~、心得てるわ。いい嫁になるねこりゃ」

「不忍通り経由だし、今日バイクですから」

暑っ苦しい板前どもに向かって、
「お~い**ちゃんが美味いもん持って来たぞ~」

「ありがとう。で、今日はどうしたの?」

「私の家のお・せ・ち。進捗状況視察です」

「えっ」

「あ~、もしかしたら忘れてるでしょう」

「いや、あの、予約は一杯あるし・・憶えてるよ、もちろん(~_~;)」
「とにかくだな、
まだ彼氏いねぇらしいが、板前にだきゃ惚れるんじゃねぇぞ。分かったな。おいらちょっと用事があるから出かけてくる。ゆっくりして行きねぇ。でも板前どもと喋んじゃねえぞ、いいな。」

意味の分からない捨てセリフを残し、
板前達の「冷たい視線」をあびつつ、
あたふたと車に飛び乗り西へ。




渋滞を避けるべく裏道を駆使しまくって目的地に到着。
用事が思いの他早く終わったので車を放り、周辺を散策。
そうしましたらなんと、高級住宅地で知られる成城で「畑」を発見し思わず撮影。

まあよく考えたら「都内に畑」ってのは別に珍しくはないし、まして広大な世田谷区。それに成城とは言ってもほぼ調布だし、多摩の一角ですから当たり前の事かも。でもこれだけ広いのは羨ましいの一言ですな。庭にこれだけの畑。

「駅んとこに確か割烹があったな、ついでに覘いてみるか」
そうしてプラプラ歩いていますと信じ難いものを見つけました。

「今って12月半ばだよな」
「これって霜見草(寒菊)には見えないぜ」

そういえばニュースでいまだに「紅葉」が観られるとか言ってましたけども、どう考えても秋の景色ですなこりゃ。正確には何か分かりませんし、「きんせんか」なのかもしくは「ダリア」にも思えたりしますけども、こういう場合は『野菊』にしときましょう。

少なくとも水仙ではないわけですし。「野花でキクに見えるもの」はすべて野菊でいいのよって昔教わった記憶があります。


突然ですが、おいらは子供達は今も昔も変わっていないとみています。そりゃ習い事の多さとかゲーム漬とか環境の変化はありますけどね、変わったのは環境であって子供ではない。

確かに変わってしまったのは「親」だけでしょう。

冒頭に書いた女の子は「親に負担をかけたくないから」と私大ではなく国立へ進んだ。入試は半端ではなかったはずで、ある意味東大より難しかったと思います。現にそういう子がまだいるんです。

例えば「諸葛亮」は劉備が迎え入れる直前、晴耕雨読の、隠遁と言ってもよい暮らしをしていました。この孔明の様子は『陰君子』と称せられるものです。

そして陰君子とは菊の別名でもあるのです。

大人側が「劉備」にならねば、子供は花を咲かすことが出来ないんじゃないか。そう思うんですよおいらは。

かぶってる鎧を無視して「人の心」のみを見る。
そういう大人が増えてくれればいいんじゃねぇか。

漠然とはしていますけども、
「かぶりもの」なんて気にしないで心に入り込む。
それを怖れちゃいけないって事です。
子供はそれを待っているんですよ。


具体的にどうこう言う言葉はありません。
ただおいら自身はね、
「話を聞きます」し「よく話かける」様にしています。


そしてこの子の「おせち」ですが、
心を込めて作ってやります。そして本人が給料取りになるまで代金を受け取る気はありません。

2009年12月13日

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