「一期一会」とは~接客の極意  

接客の反射鏡

「ふう。これでよかろう」
明け方の5時近く、板場でタメ息混じりの独り言。

気にいらぬ個所を手直しするため居残りの仕込み作業。
どうにか目鼻が付きました。

後は番手に任せれば大丈夫でしょう。

安堵感か、疲れか、我知らず漏らした「いいだろう」です。


厨房の電灯を消した後、警備灯の薄明かりだけになった暗い板場をちょっと眺めてみました。

「もう何年まな板の前に立っているんだっけ」
そんな想いと言葉にしにくい感慨の様なものが胸に去来します。

ついでに薄暗いホールにも回ってみました。
お客様が坐る椅子に視線をやり、暫し眺めてみる。

「人生最大の師匠ですよ。恩人でもあります。」
「本当に感謝します。ありがとうございました。」

その思いが湧き上がり、ソイツを奥歯で噛み殺します。

暗い店内で一人、椅子に向かって黙祷する板前。




まだ駆出しの小僧の頃、おいらは随分血の気が多いサンピンでした。ちょっとした事ですぐに頭に血がのぼる性質ですな。いわばロクデナシですわ。

板前としてのスタートは鮨です。すぐにつけ場に立ち、お客さんに握りを出せるようになりました。ところがたちまち壁に突き当たります。こちらがどんなに気持ちよく出迎えても、どうにもならねぇ客って奴が少なくない事を直に感じたんですよ。

カウンターに掛けるお客をこちらは威勢よく気持ちよく対応します。
だが何が気に入らないのか最初っから不貞腐れたツラしたまんま。
ひどい場合はケンカ腰でからんでくる者すらいます。

こっちゃあ確かに客商売の板前だがその前に人間ですわ。
人が好意を持って接してるのにつっけんどんにされちゃムナクソが悪くなる。

「気にいらねぇならとっと帰ぇりやがれ、このトンチキ」
そう思うし、実際に我慢できずタンカをきったこともあります。


和食に転向して関西まで修行に出る決心をしたのは、食材に興味があったからですが、腹の奥底には鮨カウンターにて「わからず屋」と対応する毎日の中で、自分がすれた人間になっていくことへの嫌気があったのかも知れません。


関東に戻り自分の祖父のような高齢の親方の下へ。
クソウルセェ親方でしたが尊敬してましたから日々は充実。

ところが親方はおいらを落ち着かせません。

「おめぇはもっと晒し場のある店をまわって来い」
「知り合いが大きな店立ち上げるそうだ、ちょっとの間面倒みてこい」
「沖縄のホテルに行け」
「次は北海道の料理旅館だ」

そんな日々の傍ら、おいらは独立に向けた段取りも進めていました。

この世界に入った当初から20代で店を構えると決めていたからです。なので人の2倍3倍に時間を有効に使う努力もしてました。

おいらが独立の腹を固めた頃、親方はこう言いました。
「どうだ魚山人、まだお客と衝突しそうな気がするか?」

この死にぞこないの糞爺、すべて見抜いてやがる。

だからおいらにこんな「修行」をさせてやがったのか。
とんでもねぇジジイだ。ったくとんでもねぇ・・・
胸が詰まりそうになりましたが、どうにか堪えました。

「いや。今はお客さんの顔を見るのが楽しみになってます」

「いいかこのボンクラ。てめぇの前に坐った客を必ず笑顔にしろぃ」

「分かりました、親方。」



美味い野菜には本来アクがあります。
無い品に慣れていましょうが、それは人類が栽培を続ける過程で除去して来たからです。

動物だって同じ事で、長い年月をかけて改良ってモンが繰り返されて来ました。アクは極端な場合「毒」に変じます。これは動植物が主に自身を天敵から守る防御の為らしい。

アクを抜かなきゃ食べられないものが多いですね。山菜のワラビなどが典型でしょう。だがアクを抜きすぎても良くない。ゴボウやレンコンがそうですな。

では人間のアクはどうなんでしょうか。
「個性」と「アク」は似て非なるものだと思います。
違うものですね。

個性はどんな人間にでもあります。
だがアクはある意味で「ドギツイ」って事。

アクは適度にあった方が人間らしいとおいらは思う。
けどね、そのアクを「毒」にまでしちゃいけないのではないか。

石川の「ふぐの子糠漬け」は塩と糠と年月が毒を消します。

結局のところ、自分とどう向き合うかでしょうな。
自分を知り、どこをどう変えていくかでしょう。



何故深夜の店内でお客の椅子に黙祷してるのか。

おいらが自分の性質を変えることが出来たのは、お客様のおかげだからですよ。
お客様ってのはね、「鏡」だったんです。

どんなに頭にくるお客でもね、腹がたつのはてめぇのツラが汚いからなんですよ。

ましてやお客を見下したりするに及んでは、自分のハラワタが腐っているってことです。

すべては自分次第。


魂を込めて誠心誠意尽くせば綺麗なモンが映る。
逆に我が出りゃ手前の薄汚いツラを見るハメになっちまう。

今日、この時間ってのは永遠に1度きりしかありません。
また会えるにしろ、その瞬間は二度と無い。

だからこそ「一期一会

もう会う機会はないと考える。

だから最大限のおもてなしをする。


一言も喋らずムッツリしたままの人もいましょう。
人はみな考え方が違い、感じ方も違います。

だが「人の基本」は皆同じで共通です。

「相手への思いやり」「正しい言葉使い」「最低限の礼儀」

これを体現すれば必ず通じます。
どんなヘンクツなお客にでもね。


おいらの様な唐変木をここまで育てて下さった御客様達。
「本当にありがとうございました」
背筋を伸ばしてもう1度胸の中で最敬礼をします。



「さぁ、とっとと寝なきゃ疲れを残す。もう朝じゃねぇか」
そう呟きながら何故か事務机に腰掛てパソコンをONに。

店のホームページ。年末年始用の内容を確認します。
料理画像や値段などのチェック。
だが、たったの数分で終了。

魚山人のサイトを開きます。
よくもまぁこんなガラクタみたいなサイトが何年も続いてるもんだ。
そう思い、不思議になってきます。

「人様の気持って奴は嬉しいもんだなぁ」

そう思うんなら、もっと感謝の気持を文章にしたり、人様の役に立つ内容のページを作ればいいのに、ゴタクを並べたつまらねぇ記事ばかり。

今日もまた、うるせぇ記事をこうして書いている。まったくどうにもならねぇ糞親父だなおいらって奴ぁ。

ともあれ2010年もなんとか書いて来られたのは皆様のお蔭です。
ありがとう存じまます。

2010年12月20日

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