食品保存技術と料理  

生鮮食品の腐敗と保存技術

 

料理の仕事に携る者には、いやもっと範囲を広げて「生鮮食品」を扱う者全て、あるいはいっそ地球上の全家庭と言っても大袈裟ではないと思いますが、共通する大きな悩みがあります。

「普通の食べ物は必ず腐る」という悩みです。

我々は微量の無機質(ミネラル)と有機化合物(ビタミン)以外に炭素・水素・窒素・酸素を柱とする【有機物】を食べる事で生を維持しています。

つまり基本的に「生きてるもの」を食べる必要があるという事です。
植物にしろ動物にしろ、生命を持つものを食べないと人間も生きられない訳で、これが食物連鎖の環なのです。この基本からしてベジタリアンや過剰な保護論者の主張は破綻しているのですが、まぁそれは別の話です。

この地球上に生きてる生物は、我々を含む目に見える食物連鎖の上位者だけではなく、肉眼では見えないミクロの世界にも存在します。
つまり「微生物」なのですが、この仲間に「腐敗細菌」「真菌」という奴がおりまして、これが死体の有機物を分解します。つまり「腐敗」ですね。腐るという事です。

これは全体的に考えますと連鎖の一つであり、環境保全のために欠かせない大切なシステムでもあります。すべての生物が死後分解もされず放置された大地を想像されたい。つまり細菌はよい事をしてると考えていい。

だが細菌による腐敗作用は我々捕食者にはいささか都合が悪いのです。
人間が利用する腐敗(酵母菌による発酵など)以外の腐敗は何の役にも立ちません。

アンモニアや硫化水素による悪臭。
多くの場合病原性の有毒物質を生じ食中毒を起す。

こうなれば食べられなくなり、捨てるしかないわけです。

こうした腐敗を招く微生物は低温で活動が鈍くなります。
古代から保存技術として使ってきた塩蔵や乾燥という方法以外に、低温化で腐敗を防げるのは分かっていました。

そこで人間は「冷蔵庫」によって食品を保存するようになりました。

しかし微生物は低温で死に絶える訳ではありません。
食品が水分を含んでる以上、微生物は死なずに分解活動を続けます。
(乾燥食品であれ殺菌食品であれいつかは外部から腐ります)

そこで人間が考えたのは氷点下にして細菌の活動母体である水分を完全に凍結する方法で、これが「冷凍技術」

文字通りの凍結freeze(ストップ)ですな。
「動くな」ってわけです。

これによって食品の流通に革命が起きたと言えましょう。
地球の裏側で生産された肉を日常的に食べられる世界の出現。

この技術により、理論的に地球上の全ての人々に食品が行き渡りますので「餓死者」など出ない筈なのですが、そこが人間の浅ましさ、現実には餓死者が絶えません。その浅ましさの罰とでも言いましょうか、画期的だった冷凍技術には大きな欠点があります。

食品内部の水が凍結して細菌の活動をストップさせるのはよいが、氷は結晶になり体積が膨張します。この作用により食品の細胞膜に傷がつきます。

冷凍食品は例外を除き凍ったままでは食べられません。必ず解凍しなきゃいけません。この解凍の時に細胞膜の傷から栄養や旨味等がドリップと化して逃げ出してしまうのです。

栄養素が逃げ出す=旨味も逃げ出す
つまり冷凍食品は不味いのです。

小さい食品ならば「凍ったままで揚げる」などの方法で旨味を逃がさぬ調理方法もありますが、マグロのブロックを揚げる鍋など存在しません。

この問題を解決する方法として、超低温で瞬間凍結させる急速あるいは瞬間冷凍などの方法が開発され、いくらかは品質を保つ事が可能になりました。と言うか、人間にとってはこれで充分でしょう。

「食べ物のありがたさ」や食せる事への感謝を失った現代人であっても、こうした技術のおかげでいつでも安い肉類を食べる事ができるんです。それに異存はないでしょう。

しかし、ここに「グルメ」というファクターが入り込みます。

30年来続いており、その長さから一過性のブームではなく、「文明の病」らしきグルメ。これはどうも「文明の崩壊」まで終わらぬ様相です。そういえばローマが最盛から衰退に向かう時期にも大変なグルメブームだったとか。

「ドリップした冷凍食品など生の肉とは比べものにならない」
そういう声が高まってきたということ。

こりゃまあ「当たり前」のことでしてね、「生命」を喰うなら生きていた時に近い状態の方が旨いに決まってます。(ヒトの口には熟成後が旨い)

なかでも料理を提供する料理人にとっては大きな関心事。
生鮮食品が良いのは分かりきっていますが、コストや流通の関係上どうしても生鮮のみを使用するのは難しい。個人が自給自足すら出来ない社会において、多人数に食を提供する事業者が生鮮のみを使えないのは仕方がない。

それを押し通すならば、莫大な経費がかかり、目の玉が飛び出る料金を客から頂くしかない。それはなかなか出来る事ではありません。

キャス冷凍

株式会社アビーが1997年に開発したセルアライブシステム(Cells Alive System)冷凍、を略して【CAS(キャス)冷凍】と言います。

これは細胞を傷つけずに冷凍が可能というシステムです。
Cells Alive は細胞が生きてるという意味だそうです。

対象の食品を冷却しつつ、ある磁場環境の中におき、微弱エネルギーを与えるという方法で水分子を振動させ、過冷却状態を保ちます。それを瞬間的に凍結させる事で水分が氷結晶化しない。なので細胞膜を破壊しない。

こう書くと分かった様な気になりますけども、
これはある種の魔法ですな。

最初は科学者さえ信用せずに、胡散臭い目で見ていたとか。さらには今でも何故こんな効果が得られるのか正確には分からないとの事。

アビーのキャス冷凍庫とまったく生と変らない解凍の大根おろし


画像元と詳細な説明:【食品も細胞も蘇生させる「魔法」を作りたい/Tech総研】

キャス冷凍は別名「細胞蘇生システム」とも呼びますから医療分野でも非常に役に立つこと間違いなしでしょう。SF的な事象も現実化させてしまうかも知れません。

料理の世界では「今すぐ」に大きな変革をもたらすほどのインパクトがあります。コスト面などで扱い難い生鮮の肉類を冷凍食品と同じく何時でも使えるのです。

すでに高級生鮮類の中にはキャス冷凍されたものが流通しております。
あとはこの冷凍庫が小型化して店の調理場に入る日を待つだけでしょう。そうなれば調理技術とか料理そのものまで変えてしまう可能性もある。

一方もうひとつの生鮮食品である野菜や果物。
これの保存に関しては【氷蔵庫】が気になるところです。

氷蔵庫

氷蔵庫は冷熱輻射方式で低温障害を防ぎ、相対湿度を上げることにより画期的な長期貯蔵が可能な冷蔵保存庫です。

庫内は完全無風の状態で野菜・果物の水分が蒸散がしません。壁面冷熱輻射なので霜取りの必要もありません。なので信じられないほど長期間食品の鮮度を保つのです。

8ヶ月氷蔵庫で貯蔵した梨。まるで変化がみられない。
氷蔵庫で貯蔵した梨
画像元:氷蔵庫の冷却システムについて

料理の未来

CAS冷凍や氷蔵庫が普及していけば、生鮮食品の概念が根底から変化するのかも知れません。それがどんな未来なのか今のところはっきり分かりません。

あるいは「とれたて」とか「旬」という言葉が無意味になってしまうことも考えられますが、それは杞憂にすぎないでしょう。旬やとれたては文字通りの意味なので死語になる筈がなく、さらに希少価値が上るだけでしょう。

まぁ一般的に考えて「明るい未来」が訪れるといえましょう。

だが自分は何故だか「ジュエル・ロブション」とか、バルセロナEl Bulliの料理長「フェラン・アドリア」が頭に浮かびます。

世界一のレストランであるエルブジは今年長期の一時休業を発表しました。ロブションもアドリアも天才料理人ですが、その天才ゆえに多忙さで苦しみ、長い休暇を求めたということですな。

料理は消えていく。
今の文明の方向性から予想してそんな気がします。

機械文明はやがて全てのことをシステム化していくでしょう。

料理は最も工業化しにくい分野のひとつですが、定期的に訪れる技術革新がやがてこの分野も飲み込み、スイッチを押せば料理が完成する様になるはずです。

それがどれくらい先になるか分かりませんが、いつかは必然的にそうなるでしょう。それがこの文明の行き着く先なのです。

今の文明が滅びでもしない限り、それは必然なのです。

どちらにしてもその時には自分はもう生きていない。それは幸いな事だと思います。そんな世界など見たくありませんのでね。

2010年10月14日

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