そして魚は消えていく  

流砂に消える魚



砂地獄というのは蟻地獄からの連想が多分にあり、実際にはヘドロの堆積した沼地と違い、流砂は比重が高いので人間が呑まれてしまう例はまず無いそうです。




あいも変わらずTVではグルメ番組が隆盛、街に出ればそこかしこに魚料理の看板。客単価1000円以下の大衆店も5000円を超える高級店も、それぞれ趣向を凝らして魚を売っている。日本人は本当に魚が好きです。それはそれで結構な事に違いありませんが、肝心の魚がおかれた現状に目を向ける方は少ない様です。

今回は何年か前に書いたブログ記事の続編になります。
これを書いた時も水産の世界は暗雲だらけだったのですが・・・
魚よ何処へ行く

日本の水産業の「ねじれ」は凄いもんがあります。
(「ねじれ」のない業界ってのは無いでしょうけどね)



ねじれ①鮭のシーソーゲーム

日本は年間20万トンほどのサケを輸入しています。その殆どはチリとノルウェーから来る脂の多い養殖のアトランティックサーモン。所謂ノルウェーサーモン。これは脂が多いうえに刺身で食べられるので急速に消費を拡大してきました。

※サケは元来北半球の魚だが日本の会社が南米チリでの養殖に成功。
※イケス養殖されたサケには寄生虫が宿らない。

では日本のサケはどうなっているのか、
絶滅の危機に瀕しているのか?

これが逆に増えております。

日本のサケ漁のピークは70年代で、暫時減少のあと93年の「北太平洋における溯河性魚類の系群の保存のための条約」発効で日本とロシアの沿岸200海里以内に制限されます。「日本のサケ」の生息域は壱岐沿岸以北の日本海、オホーツク海、北西太平洋、ベーリング海、アラスカ湾ですが、80年代から本格化した稚魚放流事業などの成功で資源は安定し、漁獲量は25万トンほどあります。それどころか各国が放流を増やした為に北の海はサケだらけで、そのせいか4年待たずに小さいまま川に戻るサケが出るなどの椿事も多発しています(稚魚にエサを与えすぎたからとの話もある)

しかしアトランティックサーモンの人気に押され国内鮭市場にて行き場を失った「国産サケ」は、なんと「海外輸出」される事になります。サケを日本に輸出してる欧州などが日本のサケを喜んで買っているのです。その理由は「品質の良さ」と「安全性」。つまり自分達が養殖してるサケを安全だと思ってないって事になります。

「日本ブランド大歓迎」
「国産信仰」が根強いはずの日本国民はどうしたんでしょう?

ねじれ②鮪の小型化

消費者が求めるマグロと供給されるマグロに乖離現象が起きています。 100キロを悠に超える巨体がマグロの特徴で、それくらいの大きさにならないとマグロの味では無いというのが我々の感覚です。ところがそんな大型のマグロは減少の一途で、目に見えて小型化しております。

これはマグロ漁船による乱獲にも増して、マグロ養殖に原因があります。巨大なビジネスになりうるマグロの養殖は各国で行われてますが、養殖といっても孵化をさせる世代養殖ではなく天然マグロを捕獲しての蓄養でしかありません。要するに片っ端からマグロを捕らえているのです。それが「根こそぎ」って感じなのは近年の小型になったマグロを見ていると分かります。マグロが産卵すらばこそ、成長の暇すら与えず乱獲してる。

水産庁の調査では天然マグロに対してそうした養殖マグロはダイオキシン類が50倍も蓄積されているというデーターもあります。

ねじれ③消えたイワシとあぶれるサンマ

80年代のピーク時には450万トンの漁獲量だったマイワシ。
88年を境に右肩下がりで今はたったの5万トン。
マイワシは幻に近い魚になってしまいました。

原因は定かではありませんが、環境の変化など複合的な因子に加えて自然界のサイクルみたいなものが大きいのでしょう。他にスケトダラ、マサバも減っていますが、サンマやカタクチイワシは逆に増加しているからです。

ところで総漁獲可能量(TAC)という数値があります。
水産庁が漁業者へ向けて設定する数字です。

このTAC、サンマに対しては30万トン前後。実際の漁獲量は20万トン弱。サンマの漁獲許容量(ABC)は80万トンもあり、資源は800万トンもあるほど豊富なのにです。つまり日本の漁師はサンマ漁に消極的。その反面で資源が枯渇してるマイワシとかマサバ、スケトウを追っています。

分かりますね、金になる魚しか追わないんです。
豊漁確実なサンマを沢山獲れば「値が崩れる」から水産庁と漁業者はサンマ漁を引き下げているんです。いない魚を追って、沢山いる魚は獲らない。こうしたことが続いて日本の漁獲量は減少の一途を辿り、国内漁業生産量はじわじわとゼロに向かって右肩下がりになり、その結果輸入が増え漁業従事者は減るという循環になっています。

ねじれ④食糧自給率と無縁の養殖魚

農水省の平成19年度『水産白書』によれば漁師の平均年収は280万円。これでは食べていけるわけがなく、廃業したり海面養殖業へ転向する漁師が多いです。しかし養殖業転向は資金が必要で簡単ではない。規模の小さな沿岸漁は海が荒れて魚がいない。

(海岸線をコンクリートで塗り固める、そのコンクリートは沖合いの海砂を根こそぎ浚ってきたもの。延々とこれを繰り返していれば海が荒れて当然ですが)

だから小規模漁業者の年収はさらに低くなり210万前後。
船舶や網に多大な設備資金がかかり借金も多い。

しかも原油高。
漁に出ても「油代も出ない」は事実なんです。
これでは後継者が育つ訳がなく、高齢者ばかりになるのは当然のこと。

70年代初期に60万人いた漁師も半分以下に減り、このままのペースでは2020年には日本から漁師は消えます。

働き手がないから高額な農機具を買わざるを得ず、高く売れる「早稲」を育てて「裏作」を放棄し、水田を遊ばせて耕地利用率を低下させている農家と似た構造ですな。

それでは日本の養殖業はどうなんでしょう。
ひところは養殖の魚は身がユルユルブヨブヨ、脂臭い、しかも抗生物質で奇形になったものも多いって感じで話になりませんでした。

ところが近年の養殖はいかだの係留技術が進化して内湾から潮流のある外海で育てる事が可能になり、病気の元になる密飼いもやめている所も増えて身質は向上しました。「遠洋」「沖合い」「沿岸」の各漁獲量が減少するなかで、海面養殖業は130万トン前後で増加の傾向。

ハマチの養殖には一時危機が訪れた事があります。他でもない先ほどのイワシ漁獲量の急激な下落が原因。エサのイワシの値段が上りすぎて採算がとれない。ハマチはだぶついているから値段の転嫁は無理で、売れば売るだけ赤字。当然手を引く業者が大勢出ました。これを救ってくれたのが人口エサで、「モイストペレット」と言います。

ハマチだけではなく色々な魚でも改良されたエサが使われる様になりました。これによって養殖魚の食べ残しと排泄物による海洋汚染が減り、海が綺麗になったという副産物つき。

しかしこの「エサ」に問題があるんですよ。
ほとんどが海外からの輸入原料だからです。

つまり国内で養殖されてもそのエサを外国に依存している食品は実質的な「海外産」になり、日本の食糧自給にならんのです。

イワシが獲れなければ沢山いるサンマを獲って飼料に回せばいいものを、先ほど説明した様にサンマは獲らない。農家が裏作で飼料を作らず、結果的に輸入に依存しているのと同じですよ。

ねじれ⑤食う為なら仕方ない

国内の水産資源の数字を見た方なら不思議に思う事があります。
厳しい漁業規制のあるカニ、ウニ、アワビ、サザエ、ヒラメ、サケ、伊勢エビなどの流通量ですよ。

これらは所謂高級ネタばかりですが、日本中の都市に溢れかえっております。「こんなにあるわけない」そう思うのが当然。

密漁ですな。これは公然の秘密です。

これがなきゃ店を開けられない魚料理屋もかなりある。
千葉のアワビなんぞこれで壊滅したっていわれる場所もあります。

外国船や暴力団がらみもありますが一部にすぎず、そのほとんどは漁師の仕業です。先ほど紹介しました様に漁師の生活は悲惨としか言いようがなく、生きる為にこうした行為に走るわけです。

リッチな漁師も皆無ではないでしょうが、そんなものは他の業界に比べればゼロに等しい存在でしょう。果ては生き物の存在しない海のさらなる加速だけ。

ねじれ⑥売る為なら仕方ない

回転寿司が高価な魚に代わって安価な輸入魚を開発しているのは好ましい現象と考えます。消費者に喜ばれているから隆盛があり、その反対に一般人に門戸を閉ざした料亭は廃業に追い込まれている現実があります。おいらの本音がどうであれ、世の流れに抗う事はできないのが事実。

ただし度の過ぎた偽装表示はそろそろやめるべきでしょう。
ロコ貝はアワビではないし、ウミヘビは穴子ではないし、ナイルパーチはスズキではないし、ホキはタラではないし、キングクリップはアマダイではない。好き勝手に名前を付けるのは犯罪だと認識してほしい。

鮮魚店には「産地」「養殖」「解凍」の表示義務がある。
あえて「忘れる」のはふざけた態度であり、わざと消費者に誤解を招く行為は詐欺であるとの認識を徹底すべきでしょう。そもそも「国産」「天然」が不自然に安い値段で売れるわけがないし、そこらに出回っていないのは少し考えれば分かる事。消費者を馬鹿にしてはいけません。

ねじれ⑦そして魚は消えていく

2006年末、米の著名な科学雑誌『サイエンス』にとんでもない記事が掲載され世界の漁業関係者にショックを与えました。

論文の内容は「2048年に海から魚がいなくなる」です。
アメリカとカナダの研究チームの警告ともいえる発表でした。

現在の水産資源データーから資源保護になんら有効な手を打たない場合に想定されるシナリオで、「心当たり」のある人間が多いからこそインパクトがあったのです。根拠の乏しいガセではないということ。

世界の魚はおよそ2万3千種ほど。魚喰いの日本人はおよそ400種ほどを食べています。漁獲量も消費量も魚喰いの名に恥じず長い間世界一を誇ってきました。今でも消費量は年間780万トンで一人当たり65キロと世界一。

ところが生産量は88年頃を境にして急降下。中国やチリにも抜かれる有様。自給率も50%を切り、店に並ぶのは輸入物ばかり。

そのうえ諸外国に急激な魚食現象が発生した。中国などは80年代の5倍以上も増加し、人口比で言えば日本を追い越している。BSEやら鳥インフルの影響、肥満回避の健康食材、これらが魚食ブームの背景でして、西洋でも食卓に魚が並ぶ。

この先にあるのは魚の奪い合いになりますな。
いやすでにそうなっていまして、この争奪戦にじわじわと負け始めているのが日本の現状です。この5年で徐々に輸入魚介が減少しているんですよ。国際市場で買い負けしてるわけです。

この円高でそうなら先が思いやられます。
実際国産の海産物でも国内よりも中国のほうが高値が付く品が増えてきて、日本の都会を素通りして中国へ送られるものが増加しています。

とにかく世界的魚食ブームがあるかぎり乱獲は絶対に減りません。禁止してもブラックマーケットが巨大化する結果になりさらに海を荒らすだけでしょう。

西洋人の感覚では鯨は保護しても、そのエサとなるイワシなど生物の範囲にすら入らず、まったく眼中にないでしょうから海洋資源保護に注力するとは思えません。

クジラが増えればイワシ類の激減は加速し、結果マグロやクジラは滅んでいく運命でしょう。

近大の完全養殖マグロが飛躍的に量産可能になり、そのマグロを海に放つというサイクルでも確立しなかった場合、マグロはあと20年で絶滅するという説があります。しかしその近大マグロの生存率はまだ0・1%。

マグロは世界の片隅にある小さな国の人達を秘かに楽しませるにもギリギリの資源量しかなかったのです。何十億人もの胃袋を満たす頃には絶滅してしかるべきだと考えるのが当然です。

日本人の多くは毎日魚を食べていながら、おそらくはこれらの事実に無関心だと思います。急激に店先から魚が消え始めてからようやくマスコミが騒ぎはじめ、それに引きずられて大騒ぎが起きるって黄金パターンを演じるに違いありません。

資源保護や食糧安全保障や環境汚染の防止、そういった活動がなかなか実を結ばない最大の理由は「目先の利益」だけを考えないと生きて行けないという社会の形にあるのでしょう。

人間の業とも言えるんじゃないか。

所得が伸び悩むこのデフレの世で大衆路線に行き詰まり、関サバや越前ガニの様なブランド差別化商品に活路を見出そうとする「地域ブランド団体商標制度」に走るしかない地方の海産物は末期現象だと感じます。


足掻いても抜け出せない底なし沼。人間達が描く未来は砂で造った城でしかなく、コントロールできない「流砂という名の欲望」に呑みこまれて往くのでしょう。

【魚乱獲】消滅するまで取り尽くせ>>

2009年06月04日

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