ミョウガ・忘却の慈悲  

ミョウガ・忘却の慈悲

★茗荷の面白話

「文京区の茗荷谷に在る茗荷宿に投宿するとミョウガばかり食わされる」

「だから翌朝宿をたつ時に大事なモンを忘れちまう。財布とかね」

ガキの頃から、耳にタコが出来るほどこの手の話を聞いたもんです。
人気落語からの引用でしょうが、その噺の元は仏教のようです。

仏教といっても正式な教えではなく、あくまでも「俗説」
民間伝承の類でしょうかね。

お釈迦様の弟子で十六羅漢の一人「槃特」(周利槃特)って方がいた。この人、弟子の中ではとても愚鈍で頭が悪い。「愚路」ってアダ名も。自分の名前すら覚えらないアホなんで釈迦は仕方なく首から名札を下げさせます。

だが死ぬまで覚えられなかった。

その槃特が亡くなった後、墓に妙な草が生えている。
人々は彼が名前を荷って散々苦労していた事から、この草を、「名」を「荷う」の意で「茗荷」と呼んだ。

そんなアホが釈迦の弟子である訳ないので、この話は完全に作り話でしょうね。

つまり「茗荷を食べると物忘れする」は、架空のお話。
そんな成分はまったく無く、そのような効果もゼロです。

名前の由来に関しては【めが(芽香)】が転じたものというのが有力。一説によると渡来時はショウガとほぼ同時期であり、この時に香りの強いショウガを「兄香(せのか)」と呼び、弱いミョウガを「妹香(めのか)」と命名したとか。その「めのか」が「めが」となり、茗荷に音変化したらしい。

日本全国に自生する日本原産野菜のひとつですが、野生種が発見されない事などから、東アジアの何処かから大陸を経由して渡来したものを非常に古い時代から栽培していたのでしょう。つまり自生してるものも栽培モノがルーツ。

※東京の茗荷谷は江戸期まで茗荷の栽培地だった事からの名
※家紋によく使われるのは武士に好まれた為。命冥加の冥加を茗荷にかけてミョウガを縁起が良いと考えていました

 

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食材としてのミョウガ

ミョウガは『延喜式』や『正倉院文書』などの古い文献にも既に食用にされていた記述があります。大変に古い時代から日本人の食卓を飾っていたのですねえ。

ショウガ、山椒、三つ葉などと同じように独特の香味は「日本古来のハーブ・スパイス」とも言えましょうし、辛味もあるので、ワサビも加えて【薬味】としての利用が多くなります。

ミョウガはショウガ科のショウガ属で多年草ですが、食用としては「花菜類」として分類します。花や蕾、また花茎を食べる野菜です。
ブロッコリー、カリフラワー、アーティチョーク、春蘭、そして食用菊などが花菜類の仲間です。「エディブルフラワー」全般も同類になりますね。

独特の香り成分は針葉樹系の「α-ピネン」という物質で、この香りは少々クセが強く、「静かな香り」を旨とする日本料理に合わせるのは意外と難しい。柚子の香りが一瞬だけ「消えていく揮発香」を発するのと対照的に、「残ってしまう香り」を出すからですしたがって微妙な吸い物などの「口」には少し違和感がある。塩漬けや酢の物にしてキツイ個性を和らげる手もあります。

やはり「つま」や「薬味」がメインになりましょう。
蕎麦とか素麺などの重いツユと良く合います。
ショウガ同様舌を洗う「口直し」にも適してます。

食用にするミョウガは二種類あり、蕾の中の花穂を利用するのが一般的な【花みょうが】で、【ミョウガの子】とも呼びます。普通はこれを指してミョウガと称します。典型的な夏の香味野菜ですが、6~7月に出回る夏茗荷と、8~11月に出る秋茗荷があります。早生・中生・晩生でも区分できましょうね。

一方でミョウガの地下茎から出る若芽を軟化栽培(軟白)したものを【ミョウガタケ】と言い、収穫前に弱く日光を当ててうっすらと薄紅色を出した茎状のもの。形が姫竹(根曲がり竹)などに似てますので「みょうがたけ」なのでしょう。

ミョウガタケは甘酢に漬けてハジカミショウガと同じくあしらいに使ったり、汁の実などに良いです。生食もしやすいので、洋風にも和風にも利用できますね。


花みょうが みょうがたけ

ミョウガ寿司と作り方

ミョウガは辛味と芳香で主に薬味として使用され、天ぷらにする場合もあります。しかし花ミョウガ独特の色と形も活かしたいものです。

姿のまま甘酢漬けにした使い方です。

これは酢に漬けたミョウガを握り寿司にしたものです。

ミョウガ寿司

お寿司というよりも、和食の前菜の一品に使います。すし八寸の一つですね。できるだけ小さく作るのがポイントです。

作り方は甘酢漬けの要領です。
外側の形の良い部分だけ剥がし(芯の部分は薬味に)
軽くあおって(湯通し)
茗荷がまだ熱いうちに、作っておいた冷たい甘酢に漬け込めばよい。

すし飯を少量使い、小さく握って前菜などに。

忘れる事も大切・忘却の慈愛と悟り

実は冒頭の釈迦の弟子「槃特」の話には続きがあります。
槃特には兄がおり、この兄が仏弟子になる段取りをしました。
しかし数ヶ月経ても弟は教えの一偈も記憶できない不甲斐なさ。
兄は「これはダメだ」と精舎から放り出して還俗させよとうします。

釈迦はそれを止めます。
そして釈迦は槃特に一本の箒を与え「東方に向けて塵や垢を除け」と精舎を掃除させました。槃特はこれを続けて悟りを得ます。
「汚れは人の心も同じ。そう簡単に落とせるものではない」
仏の教えを理解したのですな。
これにより槃特は神通力を取得。阿羅漢果を得ます。

かなりな昔、まだ青二才の頃ですが、
おいらは職場に好きな女の子がおりましてね(←いっつもコレですが、まぁ勘弁してください(~_~;ゞ

ある時その娘が辛い思いをして落ち込んでいるときに、黙って茗荷の寿司を差し出した事があります。

「何ですか、これ?」
「茗荷だけどさ、これ食いなよ」
「どうして?」
「昔から言うんだよ、ミョウガ食うとモノ忘れするってさ」
「・・・・・え~本当に?」
「ああ。嫌なことは早く忘れちまえよ」

ガキ臭ぇ「くどき文句」でもって、
その後の展開がどうなったかはご想像にお任せします。

人にゃね、憶えておかなきゃいけない事が山のようにある。
人生の教訓とすべき事は忘れてはいけません。
ですけども、「心が悲鳴をあげる」ほどの痛みは忘れた方が良い。
きれいさっぱりとね。
北の海辺の方々も辛過ぎる記憶は引きずらないで欲しい。

槃特が悟ったのは「忘れるのは仏の慈悲」だって事じゃないかな。
いくら浄化しようと人間である以上「黒いシミ」は完全に消せない。
どんなに掃除しても落ちない汚れがあるんですよ。人間の業です。

あやまちをおかさぬ人はいないし、アクシデントを経験せぬ者もいない。だが誰もが仏みたいにその業から解脱できる訳ではない。業によって死ぬまで苦しむ。それが人間です。

無垢な明日を迎えたいのならば、無垢な心に戻るしかないでしょう。

陰りや黒いシミを消し去った真っ白な心です。

「茗荷」
とても深い植物ですね。

ホワイトで消し去ったような真っ白い花を咲かせます。
まるで「早く忘れなさい」と言っているようですなぁ。

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