和食を上手に盛りつける為に  

和を盛るという事

日本の自然の大元は山です。その代表が富士山ですね。
その自然に習う日本料理の盛り付けに山形が多いのは当然かもしれません。とにかく料理というものはベタリと平面に盛り付けると食欲が湧きません。立体感を出す。これが基本です。

小高い山と余白

ナイフ、フォークの西洋料理と異なり、箸を使うという点にもこれはマッチします。料理は食べやすくなければいけませんからね。
和え物、煮物、椀物、焼き物、刺身、前菜、ご飯、香の物、デザート、すべてに共通している盛り方です。こんもり小高く盛ると美味しそうに見えるんですね。雑な感じがする「山盛り」と区別する為に、余白が大切になります。器に充分な空間を空けて品を良くして下さい。


なぜ料理屋のように盛れないか

家庭ではどうしても盛り付けに失敗しがちです。和食の店で食べる料理との違いに首をひねりたくなるかもしれません。何故なんだと思うでしょう。

理由は非常に簡単なことなんです。 器に対して料理の量が多すぎるからです。

これはある程度仕方ありませんな。チマチマ出してたら家族が怒り出してしまいますしね。しかし美味しく感じる分量ってのはプロが作る料理屋の品が上だと思います。大皿と取り皿を上手く利用するといいのではないでしょうか。

お椀の汁の量は器の6分目多くても7分目。
他の器でも和食器には必ず6割以上の空間を空けてみて下さい。それで貧相に見えるのは「立体感」が無い又は「配置が悪い」からです。和食器が美しいのはね、余白も食わせる為です。空間も料理だという事なんですよ。


枯山水

白砂や小石を敷いて水面に見立て、石の表面の紋様で水の流れを表現した寺 などの庭園を「枯山水」と言います。一見意味の無い配置で石が置かれていますが、あれが和食盛り付けの基本形であると言えます。

自然を抽象的に表現したものであり、あれをもっと素直に表現したものが川・池・築山などを配置して立ち木を入れた「築山泉水」です。山水から水引とも言えます。他に茶に突出した茶庭で「露地」と言うのもあります。兼六園のが有名ですね。

ああいった日本の美は何を表現しているのかと言えば、日本の自然のミニチュアですな。山から海に流れていく風と四季です。わざと年代物の敷石や苔を入れ、さらに風雪の重み(歴史)をも味わえます。日本の小さな自然の一部を再現しつつも、そこに宇宙的な広大さと深さを思惟できる一つの世界になっているんです。仏教に学びながらも独自に哲学を深めた日本文化の「核」が凝縮されているんですよ。それが侘・寂です。

そこには日本独自の「美意識」があり、日本料理もそれを映すから美しくなるんですよ。日本料理を作る人は穴が開くほど名庭園を御覧下さい。盛り付けの基本を理解できるはずです。

はっきり言えることは日本国土の独特な地形です。山が海に迫り出し、平坦地が極端に少なく、大部分の日本人はその狭い平坦地で生まれ暮らします。

そこからの景色はどうでしょうか?
「自然に山を見上げるかたち」になりますね。

ですから日本の自然を模した庭園も「手前低く、向こうが高い」造りになります。これはそのまま和食の盛り付けのルールになります。
「高きから低きへ流れる」ように盛り付けます。また、侘・寂には無い「躍動」も自在にアレンジする事も場合によっては必要ですよ。

 

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器の使い方

和食器の使い方には幾つかのルールがあります。


器の置き方・和食器の正面とは

杉八寸などの木目が見えるような器は、木目(木の細かい筋/年輪)が横になるように置きます。視線と筋目が直角に交差するわけです。

角の器で隅が切り取られている「隅切り」の器は、隅を切ってある側を向こうにして置きます。

基本的に、和食器はすべて「手前(正面)」が決まっていて、その面を食べる人の方に向けて置くようにします。

文様が描いてある器は、その文様が正しく見える位置が正面。

天地が分からない文様は、最も色彩豊か(派手・華やか)な箇所が正面。

つかみどころのない変わり器は、高低差を見て低いほうが正面。

葉皿は葉先を向こう側か、左に向けて置く。


丸前、角向こう

檜や竹や杉なんぞで出来た工芸品「まげわっぱ」などでお馴染の器に『曲げ物』があります。これは『丸前、角向こう』になるようにして盛ります。

円形の曲げ物は、つなぎ目が手前

角型の曲げ物は、つなぎ目が向こう

盛り込み


美味しい色

和食の盛り付けは主役が自然に引き立つようバランスを考慮します。
配色でそれを邪魔してはいけません。あくまで主役が持つ自然の色合いがメインになります。添えが目を引くほど出すぎてはいけません。とにかく控えめに色は使います。

しかし一つだけ例外の色がありまして、それが「青味」です。厳密に言えば「緑」のことですね。この色は料理になくてはならない色で、必ず使うべき色でもあります。考えるまでもなくヒトの遺伝子に自然の緑が食事に結びついてる事が織り込まれているからでしょう。ごちそうの色と言うわけです。加熱で緑を失くさない注意をして、ふんだんに利用しましょう。


盛り込みの主従

たとえ単品の焼き物であってもあしらいなど添えをつけます。脇役があってこそ主役をより引き立てる効果もあるんです。主役の第一義は「大きいもの」ですね。この場合は先に大きいものから盛り込まないと上手くいきません。脇は後で盛ります。

次に材料別の「品格」というのがあります。
例えば海山を含め最高の格を持っているのが「真鯛」です。横綱です。では鯉や鮎と比べて、ヒラメはどうなのか、鮎は女王、鯉は縁起物ですからね。普通に考えれば鯉・鮎が勝ちそうですが、この場合格はヒラメが上なんです。

何故かと言いますと、魚類は海のものが格上なんですよ。
ですからこれらを盛り合わせるときは主役は鯛・ヒラメで、脇が鮎や鯉になります。これは貝類でも同じなんです。タニシとハマグリではどちらが格上か分かりますね。

鶏や合鴨よりもキジや猪のほうが格上。野菜より魚や鳥獣肉が格上。
こういう主役脇役の決まりがあります。どちらにしろ主役は目立つ位置に盛り、「センター」とします。脇役が主役を食わない様に配慮して下さい。


角には丸、丸には角

合理性が無いのが和食の盛り付けを美しくみせます。非対称にして立体感を出します。山水には対称性や合理性はありません。自然は深い大きな部分では非常に合理的で、その究極が「円」ですね。しかし宇宙の深遠はそうかも知れませんが、和食は自然の侘・寂を映せば良いのです。ありのままの「美」です。それが山水盛りであり盆景だったりします。

丸い器に盛る時は鋭角な線を持たせるようにします。分かりやすい例は、丸餅を曲げ物に盛るときに丸い器ではなく角の器に盛りますね。丸に盛る場合は山(三角)にして頂点の鋭角を出します。柔らかで角の無い料理は丸い器に合いませんので、直線的になる料理を盛りましょう。三角を描くのが丸器に料理を収めるコツです。

角の器に鋭角な線がある料理を盛ればギスギスしてしまいます。非対称を意識してアンバランスなバランスをとるように盛りましょう。対称線はどう引いてもかまいませんが、円を基調とする柔らかさを出します。


椀盛り

椀物は和食のみせどころ。具の美しさと出汁の香りを堪能する料理です。出汁などは最高の鰹節と昆布で神経を使って丁寧に引きます。吸物同様に心を配ります。家庭では正月の雑煮や潮汁などで御馴染でしょう。

椀物の盛り付けは「汁を張れば壊れる、浮く」のが悩みのたね。
丁寧に作っても卓に出すまでの間に壊れることがありますし、汁を張ったその瞬間に盛りが壊れることすらあります。味噌汁では気にする必要もありませんが、丹精込めて作った具がぐちゃぐちゃになった椀物はお客様に出せません。

汁で浮かないものを椀の主役にしましょう。椀の大きさと張る汁の容量から暗算して材料の体積を割り出します。経験が深いなら勘で割り出せます。脇となる材料は主役に立てかける様にしてできるだけ安定させます。吸地に浸す部分を考慮すれば浮いたりしません。椀盛りも吸物も吸口は必ず吸地を張った後で加えます。


良い物をみる

盛り付けを急激に上達させるコツがたった一つだけあります。
それは「みる」事です。ただし何を見ても良いという訳ではありません。「最高のお手本」例えば料理なら志の島忠先生クラスの盛り付け。器なら人間国宝などの逸品。そして先の日本庭園。それが感動的であればあるほど記憶の底に焼きつき、結果としてあなたのセンスも磨かれることになります。

日本庭園と盛り付け

日本人が失ってはいけない何か

余談になりますが、時々地方を回ります。
深い森で濃い緑の香りを肺に吸込むのが何よりの楽しみ。
そしてもう一つの楽しみがお地蔵さんです。
限りが無いほどの優しさを秘めた地蔵さんの笑顔が、たまらなく好きなんですよ。

山路を行き交う人々を、つい立ち止まらせる磁力がお地蔵様にはあります。無限の慈悲を宿した菩薩のお顔を拝してますと、何故かお礼を言いたくなり、人は手を合わせてしまうものです。

それとは別にすごく気になる石碑がありまして、それはヒビが入り、まるで石隗のようになってしまってる路傍に建てられた「馬頭観音」の石碑です。酷い場合はまるで石ころ。でも立ち去り難い魅力を感じてしまいます。

自分も石隗になり、森の自然や小鳥達を毎日眺めていたい。そんな気持ちになったりします。風雪で少しずつ朽ちて行き最後は風に運ばれ消え去る。

道祖神も含めてこういった石仏にはね、日本人が失くしていく何かが、きっちり宿っている気がするんですよ。それが何かを説明するのは難しい事です。でもね、じっくり地蔵さんのお顔を眺めてみて下さい。人の心を映してくれることが分かるはずです。

子供を持つ親御さんは、我が子にお地蔵さんの優しい笑顔を見せてあげて欲しいなぁ、なんて事を思います。地蔵さんの笑顔の奥にある慈愛が伝染する、そんな気がするんですね。

殺伐とした心を持つ今の子供達がお地蔵様のお顔を見たときに、何をどう感じるのかすごく気になります。それは多分今の日本を推し量るバロメーターでもあるんじゃないでしょうか。

和食がこの先も和食たり得るのか、その鍵はその辺にある気が致します。
そして【雑草に埋もれて苔むしかけた石地蔵】これを盛り付けで表現したい。
それがいつの日か出来るようになれば、それこそ『侘・寂』に加え「日本人」も表現できたという事になると考えています。

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