板前と本焼包丁  

板前と本焼包丁

切れない包丁というのは論外です。
「包丁は切るための道具」
ですから話の前提自体が成立しません。
「包丁はよく切れなければいけない」、当たり前の事です。

ならば、「切れれば切れる程良い」のか。
「そうじゃない」
「切れればいいってもんでもねぇ」
と、そう思っております。

以前書いた「一番切れる刃物」という記事。

そこで最高の包丁職人として『ボブ・クレーマー』を紹介しました。
最近になってその記事へのアクセスが増えた時、理由が気になりリファラーを辿ってみますと、ボブがデモで自包丁の切れ味の凄さを見せている動画が元だった事を知りました。

この動画です。



確かに凄い切れ味だが、それは昔から分かっていることです。
だからこそボブ・クレーマーを最高の刃物職人だと紹介したのですし、魔法の切れ味だと書いたのです。なのでペットをぶった切るこの動画には驚くことはありません。ボブの本当の凄さは「切れ」よりも「ハンドル」なのですよ。

これに類したデモで、おいらが本当に驚いたのは、ガーバーナイフで鋼の包丁を真っ二つに切ってしまうシーン。20年くらい前のアメリカでした。「日本刀を超えてる切れ」だと聞いていたのですが、この目で見るまで信じられなかった。それを見たときは本当に驚いたもんですよ。ペットボトルではなく、鍛えられた鋼の刃物をチーズの様に切ってしまい、それで刃こぼれもしない。

でもね、
包丁は斬撃刀ではありません。剣じゃないんです。

その思想の残滓は洋包丁や中華包丁には残っています。
しかし和包丁は完全に刀剣と決別しております。
日本の包丁刀はとうの昔に剣と違う別のモノになってるんです。

そもそも「切れ味」と一言でいいますけども、その種類は多岐。
鉈や鎌が、剃刀と同じような切れ方をする必要もない。

刀と分岐し違う物へと発展した和包丁。
同じ和包丁でも切れ方、つまり切れ味は種類ごとに違う。

その究極の形が日本の刺身包丁だと思います。
ただ魚の刺身を引く為だけの存在。だが完璧に完成された姿。
(鮨職人は刺身包丁で海苔巻を切るがこれは厳密には誤り。他の包丁で切るのが正しい)

刺身を美味しく、そして美しくする。
長い長い時間をかけてその目的の為に完成された包丁。
日本以外の国でこうしたモノがここまで特化するとは思えない。
これを日本文化と呼ばずになんと言えばいいのか。

今は色々な鋼材が出来て包丁の性能も向上しています。
だが刺身を切る刺身包丁は絶対に本焼包丁。
これは長年魚を扱ってきて感じるホンネです。

正直な気持ち、本焼でなければ刺身包丁の形にする必要はない。
そう思っております。適当に拵えた刺身包丁使うなら、代りに牛刀を使ってもいいんですよ。

絶対に他では代用できない完成された和包丁。
それが本焼の刺身包丁なんです。

青紙や白紙の炭素系本焼は錆びる。
現在の仕事場で錆びる包丁は使えないという意見も分かります。

しかし「静かに静かに深く切れる」。
この本当の意味での和包丁の切れ味は錆びる本焼ならです。明石で獲れた真鯛を、青森の鮃を、それ以外の包丁で切る気にはなれません。ズブズブの養殖ものやメルルーサの切り身なら他の包丁でも構わない。

※ ところでこの包丁、どこかで見たフォルムだと思った方がいるかも知れません。鯔次郎氏が最近購入した包丁と似ておりますね。

それもそのはず、同じ◯山さんところの包丁ですから。

特殊鋼の本焼で、錆には強い。
5年ほど前の購入だと思いますが使用頻度が低いので減りません。
(この包丁屋さんはWebサイトを作っておらず、販売形態も昔ながらの板前直販のスタイルを守っております。そのポリシーの邪魔をしたくありませんので、会社名を書くのは控えさせて頂きます)

おいらは刺身の種類によって刺身包丁を変えます。
本焼でない場合もあれば、特殊鋼を使う時もあります。
だが気持ちを込めたい魚が手に入った場合は必ず白1の本焼です。

手入れは石を三つ変えて仕上げ

この後刃の黒幕ムラサキ(#30000)で鏡面にします。
鏡面にするのは錆難くなるからですが、それだけじゃありません。
鏡の様になるまで手が止まらない。何故そんな面倒な事をするのか。
それは包丁がただ切れればいいだけの道具ではないと思う板前だからです。

日本料理を作る板前なら磨くのではないかと思いますよ。
たんに切れ味を良くしたくてそこまで磨く訳ではないのです
もっとも他人様に強制する気は微塵もありません。

「何を磨いているのか」気付かないで料理人生を終える板も多い。

切る道具としか考え至らねば、洋包丁を使えばよい。
包丁と和食が不可分であると分からぬならそれでもいい。

自分自身で気がつかねば他人に言われても分からないもんです。
人はそれぞれ。好きなように生きるしかありません。

 

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泡沫のカゲロウ刹那に酔う

ここで少し包丁から離れた話を致します。

今年最も頻繁に使われる言葉は「節電」になりそうですね。

おいらは省エネや節電自体にはおおいに賛成。
ただし思想が間違っていると思いますよ、今の姿は。

なぜ節電をするのか。
その動機・きっかけ、それに「押され方」に問題があります。
その事はさんざん書いてきましたのでここでは省略。
かわりに核心的な例をひとつ書いておきます。

省エネだ節電だと大声で叫びつつ、
片方ではスマートフォンがブレイク。

この現象に疑問を感じる方はおりませんのでしょうかな?

今じゃ猫も杓子もスマホ。
それはよい。

けどね、スマホで何をするんです?

そこを深く考えておるんでしょうか。
コアなビジネスソリューションに役立てる方にはアプリも有効でしょう。
しかしね、ゲームやナビ程度なら現行の携帯と変わらん筈です。
一般の方や学生さんに必要なのはそれ以外にメールや通話。

スマートフォンの機能をどう使いこなそうって気なんでしょうかね。

それと言うのも、スマホは携帯とは違いデータ通信量が膨大だからです。
このままスマホが増えれば携帯各社の回線網はアウトでしょうな。

泥縄式にWiFiへ逃がすため公衆無線基地局の拡充をするしか手がないと思いますが、データ通信網拡大には「エネルギー」が必要ないとでも言うのでしょうか。

近所の八百屋で大根を買いに行くのにBMW760Liに乗って行く。
ガラパ携帯でもそう思ってました。
が、スマホは上野から浅草まで行くのにジェット機。
無駄と言うか滑稽と言うか。「歩きゃいいでしょうよ」ですな。

「本当に必要なものを絞り込む」
現代の社会から消えているのはそれだという気がするんですよ。
デコレーションケーキというかガラパ宇宙船のスペースシャトルは消えて、シンプルで無駄のない頑丈なロシアの宇宙船が生き残りました。

おいらが本焼包丁を手放せないのはそういう背景があります。どんなに可愛い顔した娘でもメイクで作った可愛さは勘弁してもらいたい。化粧を落とし、ツケマツゲを取ったら錆だらけ。そんなもんよりスッピンに鏡面仕上げをした方がいい。本物の魚の身は本物の包丁しか受け付けないからです。

今の日本で暮らしていると「分からない事だらけ」です。
そんな事ぁ昔から百も承知のおいらでも、震災後のこの国にはついていけない時がありますよ。もう何がなんだか、頭が変になりそうになる。

「確かなもの」はいったい何処にあるのか。

どこもかしこもテメェの事だけ考えて「公」に対する責任感はゼロ。
どこに向かっているのさえ定かではない。

硬くて確かな芯を探ってもブヨブヨの果肉が空回りする腐った果実。
その芯がどこにあるのかさえもう分からない。

そんな時に板前のおいらは「本焼包丁」を手にする。
それが「芯」である事は疑いようがないからです。

ハイテクな未来、高度な情報社会。
そんな胡散臭いモンを目指して突っ走る(ヨタヨタとね)よりも、
「立ち返る」が答えではないのか。
そんな気になったり致します。

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