カッパ巻き、1貫  

カッパ巻き、1貫

 

料理の食べ残し

食べ物商売をやってる者はマメに洗い場を覘く必要があります。
料理がどんな食べられ方をしたか見るためにです。
戻器は「情報」の宝庫なんですよ。

下げ膳からどんな情報を引き出すかは料理人次第です。
それがただの「残飯」にしか見えない方は問題ありです。

情報として捉え、それを分析し、次の料理に活かす。
そ れが板前たる者の仕事だと思います。

宴会のコース料理では時々、あまり箸を付けていない品が戻って来る事があります。多人数になるために、お客さん全部の好みまで把握し難いのでそうなります。一人くらいはたまたま苦手な料理が出たので残した、ってのは、こりゃもうある種の不可抗力みたいなもんで、仕方が無いとしか考え様がないのかも知れません。

これを前に少しの間考え込んでおりますと、横から板前が声をかけてきました。

「どうしたんすか?」

「いや、ちょっとな」

「あ、残ってますね合肴。松葉以外は箸をつけてない。**さんところの新人さんでしょう多分。うちには今日が初来店ですから。」

「だろうね、まあ仕方がねぇだろうな」

とは言いましたが、内心では「まあ仕方がねぇだろうな」じゃなく、こういった事をなくす方法を模索せんと脳ミソをフル回転させておりました。頑張ってる若い衆をそれ以上悩ませたくないですし、こういう心配は頭のやるべき事です。自分で道をつけてから後に伝授できることがあればそれを若い者に伝える。それが親方のつとめです。

先ほど書いたように「不可抗力」なので、こうした食べ残しは絶対に確率的に避けられん事象でしょう。お客様の意向が優先されてしかるべき飲食業ではそう考える他術はありません。

大手にしてみりゃ「細かな話」ですよ、こんなもん。
しかしね、我々は大手ではありません。
対抗して生き残っていく為には「細かな話」が大事なんです。

こういう細かい部分を沢山拾い上げてきたからこそ、何十年も店を続ける事ができているんです。細かい話と切って捨てる思考をしてたら多分3年くらいで店は傾いていたでしょう。おいら達が商売を続ける為には「何も見落とさない」くらいの気持ちでいかきゃなりません。「不可抗力なので」って言い訳なんぞ通用するほど甘くはないんですよ。打つ手は何かあるはずで、それを実行するのみです。女将・ホール係の協力があれば打破が可能かも知れません。

カッパ巻き、1貫

おいらは鮨の出前や持ち帰りは何かの事情がない限り受けません。持ち帰りにはそれに適した鮨がありますが、江戸前はそうじゃありませんので。カウンター以外の、例えば座敷にすら握り鮨は出したくないってのが本音です。

握って3分も空気にさらしておいたら寿司は「別のもの」になります。
それはもう職人が意図したものとは違う食べ物なんですよ

シャリもネタもね、「握った時が最終段階」なんです。
握った時が終わりなんですよ、仕事の段取りとして。
それ以降はありません。
せいぜい1分以内に口に入れるべき食べ物です。

握りだけではなく、巻き寿司もそうです。
細巻なんてのはね、海苔にシャリを置いた瞬間から海苔は湿気る。チンタラ巻いてたら、切る時はもうパリパリ感なんて無い巻物になります。

そして「切り口」
職人なら庖丁でスパッてな具合にシャリの粒を切断してるはずです。 (そうじゃない細巻もみかけますが、まあそうした職人はたぶん庖丁の事を真剣に考えた事が一度もないのでしょう)

この鋭い切り口が「水分の蒸散」を倍速にしてしまいます。
さっさと食わないとここがパリパリになるんですよ、海苔じゃなくてね。
しまいにゃ「ガラスの板」みたいになるんです。

しかしまあ「鮨が食べたきゃカウンターまで来て」ってセリフなんぞ言えませんわな。バブル期の勘違い鮨職人じゃねえんですから。座敷に出したくないなら最初から座敷ナシの店を作るべきだしね。

それに会席のコースに寿司を入れる事が多いのです。
ですので寿司を出さないってわけにはいかない。

もちろんコースは食いきりですので、他の料理の進行度をはかって食べる直前に握ります。しかしそれでもやはり「行ったきりどうなってるのか分からない」のはどうしようもありません。

カッパ巻きが一個、残って戻ってきました。

この1カンのきゅうり巻を眺めて実に様々な事が頭をよぎります。
生まれて初めて握り鮨を食べさせてくれた祖母の顔。
海苔巻きを巻ける様にしてくれた二人の親方。
和食への転機。
カッパ巻の胡瓜はモロキュウか縦割りか打ちキュウか、打ちキュウにしたって「かつら剥き」と「転がし」は食感が違うしな。迷ったあげく、「使い分け」の意味を悟った若い日々。胡瓜を調べた事が「食材を知る」一歩にもなったっけ。

「料理ってのはいったい何だろう?」
「おいらの人生って料理を芯に回ってきたなぁ」
当たり前の事なんですが(笑)、なぜかしみじみそう考えたり。
「世がどうなれ多分おいらは一生鮨と縁が切れねぇな、こりゃ」

馬鹿みたいにニヤニヤしたツラをして突っ立てましたら、
「**様が御立ちですよ」
そう声をかけられ、急いでエントランスまで行きます。

「本日はまことにどうも・・・・・」
頭を下げてましたらね、
お若い方が一人前に出て、こう声をかけてきました。

「すごく美味しかったです。女将さんが何かお嫌いな物は御座いませんか?と訊ねてくれた時に恥ずかしくて言えなかったんですが、自分は胡瓜が食べれないんです。それでカッパを残しました。すみません」

こういう事があるから食べ物商売はやめられません。
このお若いのが次に店に来るのがたとえ3年後でもね、
おいらは決して「カッパ巻」を出さないでしょう。

2009年12月21日

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