鮨の握り方(押&〆)  

鮨の握り方(押&〆)

 

握り寿司

一日を終え、手を始め全身に酢と魚貝の入り混じった独特のスシの香りを体に纏いながら岐路につく板前さん。人肌を保つのに神経を配りながら、1本(二升)のシャリを丁寧に握った鮨職人もいましょうし、レーンの前後左右から憶えきれない程のオーダーを浴び、あるいは皿を抜かれてスカスカになりかけたレーンを必死で埋めようと冷たく固いシャリを何本も何本も握った回転寿司の板前さんもおりましょう。

今日一日この日本に、いや世界中に、そんなスシ板前がいったい何万何十万いた事でしょうか。それは明日も明後日も同じように続いていくのでしょう。

思えば江戸前寿司は大変奇妙な仕事です。
料理する人と食べる人の近接が不可分。
今のところ回転寿司だろうと中に板前さんが必要です。
(徐々に形態が変化しつつありますが)
こんな料理はあまり見当たりません。

寿司の特徴は色々ありますが、やはり『握り』に集約されます。その字ズラから考えても寿司の決め手は【しゃり】になりましょう。握るものは大半が炊いたご飯であり、主体はコメなのです。

傾向として年々シャリが小さくなり、江戸明治はそれこそお握りサイズ、昭和半ばには今の細巻き寿司のシャリの半分くらいの量(35~40グラム)、今では15~20グラムくらいでしょうかね、1個の握り寿司のシャリの大きさがです。まあ店によってかなり差はありまけど、平均的にそうなっております。

これは昔の人は寿司を完全に「食事」と考え、一個二個で腹を満足させたかったからですし、現在みたいに十何種類ものネタを一回で食べるなどという贅沢な発想がなかったからでしょう。

今は多くの場合、刺身に申し訳程度のシャリが付いているって感じになっております。それに伴ってシャリの大事さを考えない鮨屋が増えたのは残念な事です。ネタ重視って訳でして、シャリは二の次。

シャリはベタベタでもカサカサでもいけません。
絶対的タブーは以下の通り。
芯がある
割れ米が混ざっている
芯があるのは問題外、割れ米でベタベタですと食べた瞬間パラリとほぐれないし、唾液を吸わないので旨味など感じません。

これを避ける為に洗い方に注意し、いったんザルにあげておいてから炊くのが理想ですが、現在は米の性質があまりにもマチマチなので一概にいう事ができません。米の育て方や精米の仕方などが一律ではなくなっているからです。浸水が良い米もあり、それだとザル上げにすれば割れ易くなる可能性がある。それにシャリの場合、必ずしも新米が良いとも限らない。

兎も角、現在は使う米の性質を把握するのが鮨職人の大切な仕事だと言えるでしょう。吸水の仕方などが米で微妙に違うからです。

炊き方も簡単ではありません。
今だにお焦げの香りが加味されたシャリを炊いているのは都内でも数えるほど。まぁこんな店は間違いのない名店と言えるでしょうね。

しかし苦労して良いシャリを作ったとしても、
それを生かすも殺すも握り方次第。

鮨の握り方

押さえとシメ

寿司の握り方は大きく分けてネタを天地に返さず上下左右に回しながら整えて握る方法と、いったん天地を返す方法がありますが、前者の方法は今現在まったく使われておらず、左手にネタを持ち、その上にシャリを置き、それを返してネタを上にして整えるという方法が使われます。

「おむすび」に近いものがあった昔の寿司ならば、前者の握りが適していましたが、今はネタが主役。従って握りのフォームも変ってきました。

後者のフォームを「手返し」と呼びますが、この手返しは本手返しも含めていったん左手から右手に移すという手順が入ります。これは今の「シャリよりネタが大きい」握り寿司には適しません。

本手返し現代アレンジ 魚山人式本手返し

今の寿司職人の多くが「右手に移す」のを省略した【たて返し】か【こて返し】を使っております。

★「こて返し」の握り方


ここで上下を返して整える

こて返しの握り方

★一手握り

回転寿司でもベテランクラスでないと出来ない瞬速握りが「一手」
ネタにシャリを置いた次の瞬間に下の様になります。

一手握り(ワンタッチ)

皿に乗せる時に右手を添えてはいけません。左手だけ。
ほぼ左手のみで握りこむ事で形をつくり、他の手順がない(右手で整えない)ので一手。
速い人は一秒かかりませんけども、形になるかどうかは職人次第。
形にできるのは回転でもトップクラスのセンスを持った少数の板前だけです。
ミソはこの画像にある親指と他の指の使い方です。たんに「置く」だけではキマリません。

この一手は回転寿司の専売特許ではなく、実は大昔からある握りの手法です。この技に様々な名を付けて左手のみでパフォーマンスする職人が昔はいた様です。左手の握力がもの凄かったとかいう話を聞いたもんです。

しかし普通の鮨職人はこれを覚える必要はありません。 通常はこうして右手でつけ台につけるのが江戸前寿司ですので。

※これ以降の説明には「右手による〆」がありません。これは右手にカメラを持っているからです。実際には右手の親指と人差し指を巧みに使って左右を締める手順が入ります。イメージとしては上のコハダをつける(出す)画像に近いですが、もっと深く指を差し込んで整えます。

握りの形 【俵】と【地紙】

美しい握り鮨は「腰高」で、俵形をしてるか、船底に似た扇形の地紙形をしているものです。(地紙(じがみ)とは扇に貼る紙で、野菜などを切る切り方も地紙切りと呼びます)

俵と地紙を分けるポイントは下の押えの部分です。
親指の利かせ方ですね。

握り寿司はこの形のままでは締まりがありませんので、

「馬の鞍」みたいに左右を締めなきゃいけません。
指の付け根と指を使って締めます。

親指と小指の位置をご覧下さい。同時に上下の押さえもきかせています。

このためネタはある程度幅広に切り出した方がよいのです。
左右から巻き込むことでシャリとネタが馴染んで一体感のある握り鮨になります。

その前の最初のネタ返しの段階で上下を返す手順の時に親指で「押さえ」てヘリの形を整えますが、

ネタを上に向けてからも意識して親指をきかせると俵形になるのです。

握りの締めと押さえ


この、親指による押さえを遠慮して控え、若干締めの方に意識をもって行く事で船底形の「地紙」になります。


船底に似た「地紙」
親指を深くきかせていない。

どちらが良いのか、それは一概に言う事が出来ません。
ネタとシャリのバランスが良いというか、若干シャリが大きめの昔風の握りとか折箱に詰める寿司ならば俵が良いかも知れませんし、ネタが大きめならば地紙が適するのかも知れません。
ちなみにおいらが握る寿司は船底、つまり地紙形です。

江戸前寿司の底深さ

関東で鮨の仕事に長く携った者なら誰でも知っている事ですが、江戸前寿司の三大名人という方々がおりました。

『久兵衛』の今田寿冶、『与志乃』の吉野末吉、『なか田』の中田一男

説明不要の1流店ばかりですな。
現在の名人達はここから巣立った職人が多く、『すきやばし次郎』の小野二郎氏が修行したのも『与志乃』の吉野末吉のところ。今のすきやばし次郎の本店は元々は与志乃の銀座4丁目支店だったのですが、京橋与志乃本店は銀座4丁目店を閉める事になり、そこを小野氏が買い取りすきやばし次郎として独立したのです。その小野氏の下からは水谷八郎氏などの名人が巣立っております。

名人といえば、「鶴八」の師岡幸男、「きよ田」の新津武昭などなど枚挙に暇がありません。こうした名人の弟子達も数多い。さらにはマスコミには一切出ない銀座『菊鮨』のような店も存在します。

この系譜の人々が『鮨はシャリ』という江戸前の仕事を守っていると考えていいかも知れません。何故ならこの方々の店構えは総じて大きくはなく、必ず主人がメインに立って仕事をする店ばかりで、鮨の全ての仕事に目が届く様な商売をしているからです。

シャリは人肌の温度でないと、口内でネタと気持ちよく融合しません。
しかし常に人肌の温度を保つというのは並大抵の事ではない。主人が目を離せる様な仕事ではないのです。

店を大きくして商いを広げる誘惑に抗うのは難しい。ある意味でその欲求は自然現象でしょう。跡継ぎの問題もありましょう。しかし鮨の場合、そうなると確実に仕事の質が下がります。

これにより「名人」の称号が「何も知らぬマスコミ大衆だけのもの」になってしまった例が数多いという現実があります。
「江戸前の職人」。踏ん張って欲しいと、願わずにいられません。

築地で行列の出る寿司屋が繁盛しようと、銀座に安売りの大型寿司屋が出来ようと、こうした名人達の系譜が江戸前を守っている限り、鮨は大丈夫であるとも言えましょう。

深夜までやっているどこかの寿司屋で、酔っ払いがねぇちゃんを口説くのに忙しく、握って出した温かいシャリはつけ台の上で冷めている。手をつける気配も無い。回転寿司の冷たいシャリやコンビニの冷やしたオニギリが口に合う現代人なんでしょう。

駅の周囲や郊外の回転寿司では、エンガワとかビントロとかトロサーモンとかカニサラダとか、板前には理解できない変なモンが一般の人には飛ぶように売れている。

世の中の流れがそうであろうと、江戸前の鮨職人になった以上、それに背を向けていて欲しい。
日本人の大半はもう江戸前鮨本来の美味しさが理解できる舌を持ってはいないし、その流れはさらに加速します。

だが「伝統」とはそんなもんです。
大勢の人々が忘れ去る定め。

だからこそ「守る」必要があるんですよ。
若い衆に期待するのはそこらあたりでしょうかね。

2010/10/20

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