北の漁師酒  

北の漁師酒

■「供物」か「祓」か 北の酒を友と差しつ差されつ

日本酒、殊に地酒は非常に紹介し難いものです。
その理由を書き出せばキリってもんが無い。
だがゴタクを収斂させれば「曖昧」だからって事ですな。

複雑精緻な味わいを一般化する言葉はありません。
「誰もが納得する説明」は無いのですよポン酒ってやつは。
人によって感じ方が違うどころではなく、同じ人でも日によって味わいが変わってしまう。体調や気分の変化もありますけども、それだけ微妙な酒だと言えましょう。つまり辛口だからいつも辛いとは限らず、端麗だからクドさをいつも感じぬものでもない。甘口だとて舌に柔らかいとは限りません。

その複雑さゆえに「絶対こうだ」と断言できる事が殆どありません。高級ワインや癖の強いバーボンならば「この酒はこうなんだ」と言えるが、日本酒はそれが出来ません。逃げ水みたいなものですな。まぁ何事にも例外はあり、断言できる酒も存在はしてますがね。



漁師は酒を美味そうに飲みます。
呑みっぷりも豪快なら肴もまた豪快。

宮城県石巻、牡鹿の漁師達が作る料理に豪快な「味噌なます」がある。
千葉は房総の漁師飯「水なます」と同じでアジの味噌タタキなんですが、冬場はこれにお湯をぶっかけます。寒いですからね東北の冬は。
アジを三枚におろし皮をむいて骨を除き包丁で叩く。ネギ・生姜、あれば大葉も加え味噌と一緒にぶっ叩く。
牡鹿ではアジだけではなく、「ワカナ」を使ってこれを作る。
ワカナとはワカシからイナダくらいのサイズの鰤のことです。

それを肴に飲む酒は大崎市の一ノ蔵だったりする。
比較的若い酒蔵で、なかなか良い酒で将来が楽しみだって牡鹿の漁師が言ってたのはもう何十年前でしょうか。今では一ノ蔵の名は関東でも安定したもの。

被災した各地にはかなりの蔵元があります。
だがそれらの酒を今紹介する気にはなれません。
全壊して再建の見通しすら立ってないところもある。それを紹介するのは支援でも応援でもなく、思慮足らず、あるいはハゲタカ行為に近いと思いますのでね。

今日は津波で亡くなった知人が好きだった酒を紹介しましょう。
かなり前、牡鹿からわざわざ青森の弘前まで出かけて買っていた奴です。

弘前の小さな蔵、三浦酒造の『豊盃(ほうはい)』



豊盃


弘前市の風光明媚さはご存知のように日本有数。南に白神山地、東に八甲田連峰、西に霊峰岩木山、弘前公園の桜は日本一とさえ言われる。在りし日の日本を偲ばせる伝統的建造物も豊富。

年間生産量がたったの400石という小さな酒蔵『三浦酒造』はこの地で昭和初期から酒を造っています。
だが小さいからこそ手抜きをしないで酒を造れる利点があり、その姿勢を崩さない蔵がある。三浦酒造もその一つ。岩木山・赤倉山系の伏流水を使い、自分の蔵専用の酒米『豊盃米』は全国でも三浦酒造オンリー。

もちろん他の酒米も使っておりますが、小さな蔵に似合わぬ巨大な自家精米機を持ち、青森の好適米である「華想い」、「華吹雪米」、加えて「美郷錦」、「亀の尾」や「山田錦」を自家精米する拘り様です。

豊盃米で造る「豊盃」は独特の香りとふくらみ、そして柔らかさがあります。
でありながら、不思議なことに漁師好みの「強さ」もある酒。
その理由はおそらく魚料理に合うように計算されて造られているから。
食中酒として造ってるんでしょう。

写真の豊盃は純米吟醸の生酒ヴァージョン。
仕込みの時期だけの限定生酒ですな。
「豊盃米」を55%まで自社精米して仕込んだもの。
絡みつく重みを払う吟醸香と僅かなフルーティ香に引き締まる酸味。
だが「品」だけではない「腰の強さ」があります。
彼は大吟醸よりもこちらの酒が美味いと言っていた。

漁師の豪快な呑みっぷりに耐え、
なおかつキツイ労働に疲れた身体を癒す甘さのある酒。
それが豊盃の純米吟醸なんでしょうな。





海の人ならよく分かるが海水を飲むと渇きに襲われる。
焼けるように喉が渇き水が欲しくなる。

だが今の彼には、そんな煩わしい肉体はもう無い。

津波でしこたま海水を呑んでしまったはずですが、
今さら水を与えても、もう遅い。

魂だけになってしまったのなら酒を飲ませてもかまわないでしょう。

「まあ一杯飲んでよ」
テーブルに注ぐ。




地面、あるいは海に注ぐものだが、それは早くても1年後。
今はテーブルが大地であり海であり彼の口だと思っています。


「美味いかい?」
「さてと」



「おいらも頂くよ」
「心残りがさぞ沢山だろうね、だがその話はしないよ」
「どうせ戻れないし、互いにおセンチが似合うツラじゃねぇ」

「アンタが元気だった震災前から予兆はあったが、日本はどんどん悪くなる」
「連鎖式にドミノ倒しみたいになって行くと思う」

「天災だけなら再起できたが、人災の原発と停電は命取りだ」
「世界は表向きは支援しながら、本格的に日本外しに向かうね」
「日本の技術は頼もしいが、このザマが続けばドライに他国へ移る」
「段々に相手にしてもらえなくなってくるだろう」
「日本のモノ作り技術。もったいないよなぁ」

「けどおいらはそれで良いと思う」
「そうならなきゃ日本に海は戻らないし魚も戻らんからね」
「それで日本人の魂まで戻るかどうかは正直分からない」
「おそらく戻らんと思う」
「どっちみちそんときゃもうおいらはアンタ等の所に行ってるが 笑」










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