死語化へ向かう「板前」の呑む酒  

「板前」の現状

試みにwikipediaで「板前」を引いてみますと
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E5%89%8D
本文はなんとたったの6行。

「アイドル」の項目と比較するとその差に驚きます(笑)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AB

「オタク」でもこの内容の充実ぶり(笑)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BF%E3%82%AF

日本の文化は終わってますな、と、捨て鉢な気持ちになっても仕方ありません。ものごとには必ず理由があります。それを少し考えてみます。

このブログには「元板前」さんって方の訪問者が結構いらっしゃるとおいらは見ています。それがどういう意味かと申しますと、板前という仕事を辞めてしまった人が世の中にはそれだけ大勢いるって事になります。

 



かく言うおいら自身、今までに転職を考えた事は正直一度や二度ではありません。
根強く生きる師弟制度。誰の元で修行したかで将来が決められる馬鹿馬鹿しい封建性。夜が遅くカレンダーは世の中と逆の労働環境。見た目と違い肉体的な消耗が激しい仕事。腰をやられる板前の多いこと。
トイメンのカウンター仕事なら精神も病む。その環境ゆえに異様な離婚率の高さ。誘惑の多い職で家庭に居つく時間が短いので当然なのか。挙句に身を持ち崩す板前のなんと多いことか。

そしてとどめが「将来性」です。
「勤め上げる」という条件が揃っている和食の職場が日本にどれだけありますかって話ですな。今は企業が実力主義とやらで昔みたいに終身雇用を嫌がる世の中になってしまいましたが、板前の世界ではそんなの昔から常識。
なぜかって言えば「一本立ち」つまり独立を前提にした労働条件が根底にあるからです。生涯働いて下さいって環境ではないんです。
従って年功序列で待遇が上昇するってのは大手ホテルなど極限られた会社しかないんですな。今はそれすら危ない現状。

要するにいつか出て行かなきゃなんない訳ですよ。
独立して成功するって保証が何処にあります?
多分5割以上の確率で店を潰します。

そこを悟った板前は足を洗ってしまうんですよ。
まだ若いうちに将来の生活を確保しておこうと動くんです。

『美味しんぼ』というグルメ漫画や『料理の鉄人』が果たした功績は素直に認めます。批判も多いんですが、「有名税」って事でしょう。一定の評価はやはりすべきだと思います。和食の奥深さを広く伝えてくれたおかげで板前志望者も一時回復しましたし、ついでにバブル崩壊の追い討ちで「ロクデナシ」の部類に入る板前を淘汰して「マトモ」が増えもしました。

しかしその結果は【元板前】の激増です。

上であげた将来性の問題や職場環境はまったく変わっていないからです。不安があるから板前は腰が浮つく、そんな浮気性を企業は使い捨ての根拠にして労働環境を改善しない。悪循環ですな。

さらに今はね、個人が低資本で商売を始めて上手く行く時代じゃありません。大手資本があらゆる分野を飲み込んでいるからですよ。

考えてみりゃ、こんなのは板前の世界だけじゃなく全職種、いや、この国全体を覆いつくしているのかも知れません。

どうしてこの国はこんなに「夢」の無い国になっちまったのか、誰かご存知の方がおりましたら教えていただけませんかね?

どうやって若い板前に未来を語りゃいいんですかい。

新しい「若者言葉」が辞書に載り、日本古来の言葉がどんどん消えて行く時代です。それが進化か後退かおいらにゃ分かりません。
でもこのままじゃ、そのうち「板前」って字ズラがこの世から消えて無くなると思います。

ストイックな方だと自負しておりますが、「禁酒」の誓いを立てるたびに、小料理屋のカウンターで、BARのバーボンで、その誓いと一緒に飲み干しちまうおいらはすでにロクデナシなんでしょうか。



グラスの中にある液体は「酒」とは違う 何か だって気がするんですよ。





たまには『愚痴』ってわけです。
時々このブログをやってる意味が分からなくなる瞬間があります。
疲れるばかりで自分にはほとんどメリットが無い。アクセスが増えたら増えたで今度は苦情なんぞも増えるし、疲れる部分も多くなる。
誰かの役に立ってるかどうかすら確信がない。
そんなサイトを続けて行く理由を喪失してしまうんですな。 仕切りなおして別の方向性を持たせてみたいなどとも考えます。

そういう気持ちに捉われた時に、思い出すんですよ。
つらい修行時代にはね、自分のメリットだのどうこう言う発想なんてしてなかったって事を。「どんな事でも勉強」それだけでした。

「自分は将来どうなるんだろ」なんて事は考えてるヒマがありませんでした。ただ早く一人前の板前になりたいって気持ちだけ。

このブログは修行の続きなのかも知れません。

若い板前にはこう言いましょう。
「修行をやめない事。そうすれば生活は後から必ずついてくる」

始めた事は途中でやめない。このブログも同じなんでしょうね。 「板前」って言葉が死語になろうが知ったこっちゃありません。 職人は職人らしく行けばいい。
頑固であろうが、そんなふうにしか生きられません。


Posted by 魚山人 at 2008年


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