業火の少女に捧ぐ入魂の懐石  

業火の少女に捧ぐ入魂の懐石

茹だる様な暑気に加えて連日のオリンピックへの熱気、飲料水が飛ぶように売れてるという話を若い衆や商店の親父などから耳にします。よく冷やした水は確かに旨いものですが、渇きを癒すには到りません。渇きを癒し、暑気を払うには、ぬるい昆布茶や、しょっぱい梅干が効果的です。

おいらは時々夢を見ます。おかっぱ頭の可愛い女の子が出てくる夢です。白いブラウスにモンペ姿。夢の中での自分は年齢を確定できませんので、父の様に、あるいは兄の様に非常に慕ってくれる小さな小さな本当に可愛らしい娘なんですよ。それが夢である事も、その女の子が誰であるのかも、おいらは意識の片隅でちゃんと知っています。

その子は決まって水をせがむんですよ。
「のどが渇いたよ」ってね。
おいらはその子を「おんぶ」して、必死に水を探して回ります。
でもどこにも無いんですよ水が。

そしてそのまま有り得ないほどの時間が経過してしまいます。夢ですからね。やっと見つけたのは現代の、今この時代のおいらの家の台所の蛇口なんですよ。水道に走ります。

そして水を出す。でもね、どうしても背中に背負った女の子に声をかける事ができないんですよ。首を振り向けることができない。長い長い時間が過ぎ、もう息をしていないのを知っているからです。発狂しそうな程の悲しみが爆発しそうになった瞬間に目が覚めます。その晩はもう寝ることができません。



この子は間違いなく祖母の妹です。
1945年の3月10日の東京大空襲の時、祖母は亀戸近郊に居たそうです。二つだか三つの妹を連れて親戚の家に泊まっていたらしい。

その日未明、B-29爆撃機300機以上が深川や城東といった下町を狙い40万発近くの爆弾、なんと1800トン近くも撒き散らしました。

焼夷弾が主体でしたので、炎が「台風の様に」吹き荒れて、当時の紙のような家屋は当然ながら鉄筋コンクリート造りの建物までが火災に包まれ、要するに周辺下町の人間は逃れる術がありませんでした。

火に巻かれて隅田川に飛び込んだ人達は凍死し、翌朝の隅田川には大量死した魚みたいな有様で死体が浮いていたと云います。東京の3分の1以上が焼失し、死者は10万人以上。

そんな地獄の様な中で祖母はなんとか生き延びました。しかし詳細は分かりませんが妹と逸れてしまいました。探して探して、足が動かなくなるまで探したそうです。

おいらはこの歳になって恥ずかしげもなくいまだにばあちゃんっ子でしてね、時々ブログにも書いております。

小さい時から可愛がられたからっていうよりも、おいらの気質や考え方、魂まで、すべて祖母から受け継いでいるからです。鮨屋修行に出たのも鮨好きの祖母の縁からですね。

存在そのものが江戸前な女性でしてね(つまり鰻)、70になってもまだ「美人」で通る祖母の色香に爺どもが目の色変えるのを、おいらは殺気立って追っ払ったもんです。

気っぷと情は辰巳芸者だが品は武家ってな感じで粋なもんでした。祖母から気質を継いだって言いましたが、この歳でこんな有様では一生祖母を越えられないのは確定してるみたいなもんです。

そんな祖母にもしょっちゅう出入りする孫のおいらにしか分からない翳りがありました。いつも穏やかな祖母が、妹の話をする時だけは別の人でした。目の奥にある哀しみと怒りをおいらは敏感に感じたもんです。

そんな祖母が亡くなった時においらあてに残してくれた遺品があるんですよ。一番大事にしてた物です。妹が穿いていたモンペの切れ端に頭巾。どれだけ祖母がおいらを愛してくれていたかを知り、身動きできませんでした。今の時代の技術があれば、あるいは焼失した祖母の妹の写真も復元してやれたかも知れないのが残念でなりません。もう少し生きて欲しかった。


祖母は8月中旬の妹の誕生日をいつも祝ってました、本来なら3月10日の命日を供養すべきなんでしょうが、その日を毛嫌いしてましたので誕生日だけでした。と言っても亀戸周辺を歩き回るだけですが。

6歳頃から妹の話を知り、その後長くばあちゃんっ子だったおいらにとって、祖母の妹は「大叔母」ではなく、小さな妹そのものです。夢に出るのは当然のことなんでしょう。

おいらはいまだに野坂昭如原作の『火垂るの墓』を、どうしても最後まで観ることが出来ません。

祖母の命日には必ず最高の素材を準備して、板前人生集大成ってくらいの気持ちで墓前に料理を供えます。味にうるさい人でしたので。でも祖母は皆に愛され、生きたい様に生き人生を全うした。満足でしょう。



それに比べ、
おいらの小さな妹は喉が渇いてるのに水すら飲めない。

兄としてか、父としてか、そんな事はどうでもいい。
誕生日の妹に魂を込めて料理を作ってやりました。





出汁ガラで作った塩昆布で淹れた温茶。
何年も寝かせた15%以上の塩辛い梅干。
百均で買えるような安っぽい器。
そして砂糖菓子。

これだけです。

今の彼女にはこれが温石です。

そして懐石だと思うからですよ。



Posted by 魚山人 2008-08-15










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