『純国産』信仰と食品偽装  

国産信仰と食品偽装

もう師走になりますねぇ。一年は早いもんです。
先日の酉の市、ひさびさに時間が取れましたんで、都内をうろついたり、鷲さん参りしたり、縁起熊手なんか買ったりしてのんびりしてたんですがね、西浅草の路上で怪我しちゃった。たいした事ぁありませんのですが、頑健さだけがとりえのおいらとしちゃ、なにやら情けないってのか、年齢を感じてしまいました。
50になる前に引退したいって昔から想ってたんですが、不惑の年代を見据えて、どれだけ頑張れるかってところですな。がんばんなきゃ。

しかし偽装ナントカの不祥事が続きますなぁ、飲食業界。
「もう何を信じていいか分からないです!」
なんて事をテレビのマイク前で、訴えてますわ。当然でしょうね。

しかしいささかヒステリックなのが気になりますね。

おいらは業界を知ってますし、昔っから企業のやり方ってのを信用した事がありませんので、あのくらいの事はやってるのは予想の範囲でして、意外でもなんでもありません。
だからって、当たり前ですが企業の肩を持つ気はなく、悪いものは悪い。

でもね、なんかマスコミの走り方が気持ち悪いんですよ。
さっきの「テレビのマイク前」の話にしたって、「演出」とまでは言いませんけど、【火事場気分の誘導】の意図を感じるんですな。間違いなく整合性のあるインタビューは編集でカットしてますよあれは。
なんにせよ過去のO157の事件や、牡蠣の事件を見てますと、マスコミなんぞ信用出来ませんのでね。真面目にやってる業者までぶっ潰して知らん顔だもの。無責任すぎるってもんでしょう。

手厳しいかも知れませんがね、おいらは飲食業界だけのせいではなく、消費者側の責任もあると考えてるんですよ。マスコミに誘導されやすい体質っていうか指向がそれだ。自己判断を放棄して責任を転嫁しちゃう。

国産の食品原料が全滅状態になりつつあっても、そこを無視して、一方で純国産品を欲しがる。

『純国産』なんてものは無いし、『中国産』というのも存在しません。

何故こんなに日本人が純国産に拘るようになったのか不思議ですが、品質が良く、安全であるってのが国産品への思い込みになってるみたいです。
プロである築地中卸し商達にも『国産天然』に拘りが根強くありますね。そこから買いものする料理人も同じです。

偽装表示の根っこはそこにあります。
今後も後を断たないでしょうな。

おいらだってヒラメは青森のが欲しいし、カレイは瀬戸内のがいい。寒ぶりは北陸の天然に限る。けどね、そんな魚を運よく入手できたとして、数万円の値だ。つまり一人前の刺身に数千円てな値段をつけなきゃ売れません。

そんなもんってのは、一般人にとって『無い』のとおんなしこってす。

なにかと話題の『中国産』ですが、ありゃね「中国から送られてきた」って意味でして、「中国で生まれたもの」とは言えないんですよ。何処かの国から中国に来て、短期間そこにいりゃ「中国産」になるんです。

それとまったく同じことが『国産』にも当て嵌まります。
外国生まれの貝だって、日本のどこかの浜にしばらく「スティ」してりゃ「国産」になるって按配ですね。

今、日本で流通してる飲食品は、すべてその理屈がまかり通っています。
堂々と産地名を書けばいいのに、隠そうとする体質がある。
『純国産信仰』と、もうひとつ「利ざや稼ぎ」が目的でしょうな。

農林水産、食糧、の『役所』、協同組合を含めた『商社』
ここらへんってのは今問題になってる「偽装表示」を昔から承知してたと思いますよ。消費者寄りとは言えない「法律」みてりゃ分かりますよ。国民を騙してもよいって法だもの。

それにね、「賞味期限」ってのよく分からない。JAS法をめくってみても何の為か意味がさっぱり分からんのです。知ってる人も多いでしょうが、業者が貼ってる「期限」を過ぎたところで、「食べれなくなる」ってことは殆ど無いんですよ。「責任回避」の為だけで消費者のためとは思えません。

今の世の中「純国産」なんてのはあり得ない。
それをはっきりさせる法律を作るべきだと思いますね。
我々もそろそろ「国産信仰」を改めなきゃいけないでしょう。そもそも国産なら安全だって考えも誤りですからね。日本の山河の荒廃見りゃ分かるってもんでしょう。農地や海が荒れなきゃ、こんなに輸入ばかりする必要なんか元々ないんだもの。

アフリカの人や、昭和前半の日本人には、「賞味期限」の意味さえ笑い話ですよ。自分の口に入れる「食べ物」だもの、他人まかせになんかしません。
自己判断が生きていれば、いずれも起こらぬ問題ばかりです。


Posted by 魚山人 at 2007年

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