鯨の刺身からみた日本のゆくえ  

鯨の刺身からみた日本のゆくえ

クジラに関しての話は、今や文化論、あるいは国際関係の極めてセンシティブな話題になってしまった感がございまして、食材としての鯨もその枠に囚われてしまい、料理人からは縁の遠い物になってしまいました。一国民の視線で申せば、食べ物としてはセンシティブどころか「意識の外」が実体でしょう。

歯が無いので代わりに上顎から生えた「くじらひげ」でエサを摂る鯨類をヒゲクジラと言いまして、これは下あごから腹にかけての縞模様の凹凸部分でウネス(畝須)。クジラベーコンですね。酒の肴にはちょいと炙った方が良いでしょう。



同じくイワシクジラのアカニク(赤肉)。
背や腹の部分の脂肪の少ない赤身肉です。昔は学校給食でフライとか竜田揚げでよく出されていました。今は刺身にする事が多いようです。







さてここから先はクジラの話題から徐々に脱線してとんでもねぇ社会批判になってしまいますので食ブログから離れてしまいます。なので興味のある方のみ続きをお読みくださいます様にお願いします。

 

   

鯨肉はハクジラ類とヒゲクジラ類に大別できます。
鯨肉食に関しては長大な歴史や文化的背景があるにも関わらず、昨今の食材としての位置づけは『珍味』でしかないので、類など持ち出しても専門家以外には分からず、無意味な事かもしれません。おそらく一般には「シロナガスクジラ」や「マッコウクジラ」くらい、料理関係者であれば「ミンククジラ」と「イワシクジラ」くらいは知っているといったところでしょう。要するに食用としてのクジラは消費現場的にはもう存続していないのが現実です。もちろん例外はありまして鯨肉専門店もあるし市場でも買えるし、それどころか調査捕鯨の鯨は在庫が多く、売り悩んでいる(だぶついている)なんて話もあるくらいですが、それでもやはり「普通の食材」とは事実上言えません。

買おうと思えば買えるし、入手が難しいわけではありません。南極海の商業捕鯨停止から20年、日本人の意識から食材としての鯨が消えているのが問題でして、早い話「需要」が無いんです。
調査捕鯨に関する色々なトラブルのニュースなどを聞くと、ナシュナリズムな観点から怒りを感じたりもするでしょうが、結局は「そうまでして食べる価値はあるの?」って到るのが普通でしょうな。マグロは「そうまでして食べる価値がある」ってのがコンセンサスになりましょうね。ですからマグロに関しては日本は絶対に鯨みたいに譲歩しないし、それは国民が許さないでしょうな。全面禁漁になろうが安定供給の道を探すに決まってます。

最初に鯨の話題はセンシティブだと書きましたが、それはやはり『捕鯨問題』があるからです。ご存知の通り国際的な論争が長年続いておりまして、日本は国際世論に抗う事ができずに「姑息」とも見える様な調査捕鯨なるものでなんとか捕鯨を存続させております(やむを得ずではありますが)。事実上鯨肉の卸し元であるのに「調査」ですからな。ノルウェーやアイスランドみたいにゃいかないってわけでしょう。

おいら自身縄文から長い歴史のある鯨文化を深く知っている訳じゃありませんが、ここからも日本人の根っこみたいなのが見えるんですよ。
文化とか自国に関する事柄をろくに議論せず簡単に忘却してしまうってね。

「クジラは可愛くて頭が良いから殺してはダメ」
端的に言えばこれで思考が止まってるって事です。
クジラやイルカの脳が人間よりも大きい事がいまだに強調されますけども、脳重量と総体重の比率から陸上家畜哺乳類などと知能的な差はなく、仮に高知能だとして、それならば知能が低い生物は殺害してもよいのかという話にもなり、知能の高低で殺害の可否を論ずるなど無意味であると科学的にも結論が出ており、公的な場所では「クジラ知的生物論」などもう話題にならない事すら一般には知られてません。しかし人間には「感情に訴える」のが最も効果的ですから、「可愛さ」や「賢さ」を出されると、理論や事実が消え、議論もそこで止まるんですね。(ハリウッド映画の影響は多大)

それじゃおまえは捕鯨賛成派かと言われると微妙です。
可能か不可能か分かりませんが、蓄養なりの手段を考える方向に進んだ方がよく、天然の鯨には手を出さない様にするのがおいらは理想だと思っています。しかし食糧安全保障から考えれば捕鯨に関する技術は手離さないほうが良いとも思います。
日本は『食糧自給率』ってものを、もっと深く考えるべきだからです。

年金、医療費等の社会保障
厖大な国の借金
消費税の引き上げ問題

これらは徹底して議論すべき重大問題です。
「本質を突く議論が苦手な国民性」。今まではそれでも何とかこの国はやってこれましたけども、これから先は無理だと思いますね。変わらないとこの国は崩壊すると思います。ちょうどテレビで税の問題を討論する番組がありました。観ていて気になった部分は大臣や政策側、特に竹中元大臣に顕著だった「それでは日本が競争からおいていかれる・・」という発言が随所にみられたところ。国際社会で経済力がトップ近くになっていなきゃいけないって前提で物を考えているんです。だから大企業や億万長者から税を取ってはいけない。消費税を上げるしかない。ってわけですよ。
しかしね、

なんで経済力が世界のトップ近くじゃなきゃいけないんです?
長い間アメリカに次ぐ経済大国でしたが、それで国民は幸せだったのか。

ヨーロッパの国々を御覧下さいよ、経済力では日本より下でも幸せ度はずっと上って国が沢山あるでしょう。
日本はアメリカやロシアや中国みたいにデカイ国じゃないでしょう元々。
テレビでもそうでしたが、真面目な日本人は元来アメリカタイプではなく、手厚いサービスをしてくれるならいくらでも税金を払いましょうって北欧タイプなんですよ。
そしたらムキになって米国タイプの自己責任型の利点ばかり言う。
個人主義のアメリカ人とは根本的に違うんですよおいら達は。
隣近所との「輪」で成り立ってきた国だから「和国」なんです。
「隣近所」って言葉が死語に近づいてる現代日本の殺伐さをどう説明しようってんですか。助け合って生きるのがこの国の庶民の伝統でしょう。米国型個人主義に追われてズタズタですけどね。

持ち慣れない大金をつかんで、派手に札びらを切る人間を由としないのがこの国の武士道でもあるし、庶民感覚でもあるんですよ。
身の丈に合った経済でけっこうじゃないですか。そのほうが潔い。無理してガツガツ人間になってみても「大多数の国民」は幸せから遠くなるばかりでしょうよ。

戦後アメリカの尻を追っかけて真似ばかりしてきました。
その結果が崩壊寸前のこの国じゃないすかね。
バブルが崩壊してもその意味を学ぶ事もなく「勝ち組」を宣言して恥じない人間ばかりになり、税金を納めず億万長者になれば偉く、税を払うくらいなら国外に出た方がマシと平気でヌカス。要は国を愛していないわけですな。

その種の人を税を徴収すべき立場の政府が批判せずむしろ美化し誉めそやす異常さ。国家より自分の財布が心配、それがアメリカ式ですよ。

一握りの大金持ちが国の富のほとんどを独占してるアメリカの様になりましょうって、この国の政府は言ってる。わずか千円二千円の金の為に他人を撃ち殺す若者が街に溢れる様になっても、自分等は関係ないってことなんでしょうかね。そうなるのは間違いないでしょう、現にアメリカがそうだし、最近じゃ日本でも意味不明の殺人事件ばかり。このまま格差が広がれば本当にはした金の為に人を殺す奴が現れるし、安全はなくなります。

鯨の話からだいぶ脱線しましたけどもね、
あの「黒船のペリーさん」ってアメリカ人は、そもそも何をしに江戸時代の日本に来たんですか?クジラ目的でしょうが。「捕鯨基地にするから港をあけろ」、それが今は捕鯨を責立てる。時代が変化したからって納得できませんな。
国益の為ならアメリカとの関係など気にせず国際捕鯨委員会を脱退したカナダの様な行動が『大人の国』ってもんでしょう。

トランジスタを、鉄鋼を、車を、アメリカから吸収して工夫して売ればそのうち叱られ、懲りずにハイテク、あげくは金で金を産もうっていう馬鹿げた投機ゲームまで真似して美味しい部分だけ根こそぎ持っていかれ膨らんだ泡をパンクさせられ、「失われた10年」なんて世迷いごとを言う。
日本の政権が懸命にアメリカ型の社会にすればしたで、またそれを逆手に取られるのがオチだって何百年すれば気が付くんでしょうか。変な方向から叱られたり、また金せびられるのが関の山ですわそんなもん。

良いところだけ真似すりゃいいでしょうよ、自由精神とか愛国心とかね。馬鹿みたいな部分なんか無視すりゃいい。
真面目にモノを造る人間と銭いじくる両替屋はどちらが偉いとくりゃ、日本では間違いなく前者です。それが逆転してるから異常だってんですよ、今のこの国は。


「クジラは可愛くて頭が良いから殺してはダメ」
「(国ではなく)自分の周辺に利益を誘導してくれる国会議員に投票する」
同じですな、
大人の議論ってやつがここからは生まれません。
だまされて税金をしぼられるだけで、永遠に北欧タイプにゃならんでしょう。


Posted by 魚山人 2008年09月

この記事へのコメント










Copyright © 2017 手前板前. All Rights Reserved.