敬老食の心  

敬老食の心

『醴泉は、美泉なり。もって老を養うべし。蓋し水の精なればなり。天下に大赦して、霊亀三年を改め養老元年と成すべし』

日本根子高瑞浄足姫天皇、つまり5人目の女帝『元正天皇』の詔です。これにより霊亀三年は養老元年に改元されました(717年)。岐阜県の養老の滝を行幸した時に感じ入ってのものと云われています。

しかしこれが敬老の日の始まりというわけではなく、兵庫県多可町が昭和22年から始めた「としよりの日」が最初で、昭和25年には兵庫県全体に、昭和41年からは「敬老の日」と改称して国民の祝日になりました。

「元正天皇が養老の滝に御幸した日」は俗説になりますけども、こちらの説の方がやはり味がありますよね「慈悲深く落ち着いた人柄。そのうえあでやかで美しい」とされた天皇の詔ですから。

和食には「翁」とか「白髪」などの表現が多く、敬老精神に富んでおりますが、「敬老の日」というのが日本独自の祝日であり他国にはない事からもこれは肯けますよね。長寿への願いを込めた料理としては蓬莱山に因んだ鱠等もございます。

敬老食と言いましても定まった祝膳の形式は概ね自然薯や鼈とか精のつくものと、山菜が主体の精進系に分かれるのではないでしょうかね。一般的な祝膳である尾頭付きの鯛や昆布、紅白もの、赤飯。麺類と、あと、こんぶは、白髪昆布に代えたりしてもいいかもしれません。椀には乾物。例えば棒鱈なんかを使うといいですな。餅とか団子系は避ける配慮が必要だと思います。

しかしあえて敬老食と銘を打つのは問題だと思いますね。
人間は幾つになっても「年寄り扱い」を好みません。
従って「養老膳」などと響きのよい名前をつけても無意味ですので、そのようなメニューを作る料理屋はないと思います。お子様ランチは売れても、その逆はいかんって事でしょうな。還暦や古希以降のお祝い膳でもそのへんを配慮して作るべきかと思っております。

しかし年寄り扱いが嫌っていってもですな、誰しも老いますよ必ず。
これはもうどうにもならない訳で、受け入れる以外ありません。

アンチエイジングなんていう語が賑やかですが、そんなのは基礎研究が端緒についたばかりで、今すぐに何かの成果が出るようなものではございませんし、将来大きな進展が約束されているものでもありません。人類は基礎的な大きな課題には長い研究期間を経てもまったく成果を出せないことが多いんです。例えば核融合(平和利用の)なんてのは50年以上研究が続いてますが、いまだに夢のままです。遺伝子を色々やんのもやはり自然の摂理への挑戦でありますんで、似たようなものです。羊や牛や犬でクローンができたって大騒ぎしてますが、よく考えると「その程度のもん」でしかないってことなんですよ。イジルにしても生命ってのはハードルが高すぎるのでないでしょうかな。そのへんを把握しておきましょう。世の商魂に踊らされるのはみっとも良いものではございませんからね。

我々が生きている今現在、人は年をとり、老いて、やがて死にます。
天寿まで大病を患うことなく、健やかに生きる。それが一番だと思います。

日頃は細い食を心がけ、酒も「薬」が「毒」に変じる手前で止めておく。
そうしたお年寄りの方に敬老を祝うならばね「本人の好きな食べ物」を好きな様に食べさせてあげるのが一番いいんですよ。
長年働いて家族を養い、この社会を支えてきてくれたんです。
「ご苦労様でした」の意味をこめた食事。
形式ばったもんよりもその方が「敬老食」と言えるんじゃないでしょうか。

積年の知恵を授けて頂き有難う御座います。
この先もどうぞ末長く・・・・


Posted by 魚山人 2008年09月15日










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