もう一つの和食【「食」は「恥」】  

もう一つの和食

ケムシカジカの名を知ってるのは、ましてその名前や醜い容貌と裏腹に、信じがたいほど美味な魚だと知ってるのは、宮城県の漁港周辺の方に限られるんじゃないでしょうか。
カサゴ目カジカ科の魚で、別名が『ぼっけ』
苦玉を除くすべての内臓を含め、身を大雑把に切り分け、味噌仕立ての汁にする三陸漁師の絶品料理【ぼっけ汁】です。

「鮟鱇?今日は無いよ。代わりにコレ食ってみな東京の板さん。目じゃないよ鮟鱇。ほれ騙されたとおもって、飲んでみな」

あまりの美味さに呆然とした思い出があります。
カジカの美味は知ってましたが、『ぼっけ』には本当に驚いたもんです。

旅は昔から好きなんですが、どんな旅でも必ずその地方の漁港に足を運ぶ所以です。そんな経験を重ねてみたからってわけじゃないんでしょうが、
最近多分そうなんじゃないだろうかと秘かに確信してる事があるんですよ。

平安京以前の日本人は、貴族や町衆よりも、農夫や漁夫の方が良い食事をしていたに違いない。

歴史事典で『延喜式』やなんか見てますと、また四条流の誕生した頃の料理記録もそうですが、公卿や朝廷で出されていた食事は、栄養的側面から(味的にも)最低最悪の部類です。

人間に必要な必須栄養素を50%も含まない様な献立を食べ続けています。これでは体調不良になるし、実際明らかに栄養不足でバランスを壊したあげくの様々な異常が沢山記録に残っています。

『延喜式』にはバラエティに富んだ海産物などが献上された記録もあるんでが、高貴の人達は食べている気配がありません。
理由は『下賤の食べ物』は食えないって事ですな。
それ以前に味覚を云々と語る事自体がタブーだった様です。
仏教思想の解釈の仕方からきているんでしょう。
「食」は恥だと考えていたんですね。
だから食事内容など関心も無く、知ろうという気もなかったし知らなかった。

公卿から政権を奪った武家の頭領、鎌倉の将軍がその轍を踏まない様に食事と武芸(運動)に力を入れたって話は有名です。
平安朝の貴族社会はある意味で内部から崩壊したって訳です。
あまりにも偏った食事内容によって。

飽食で滅びたローマとは逆ですな。

グルメ狂奔時代の現代の日本。
一見タガの外れた狂饗のローマに感じられます。
食に対しての禁忌も事実上なし。
欲しいと思うものは、金さえ出せば何でも食べれる。
しかし、タンパク質を人工的に合成して肉や魚を作り出せる時代は目前で必然です。
自分がどんな物を食べているか、正確に知っている日本人が今どれだけいるんでしょうか。
あなたは今日の三食、総ての食材の出自をどれだけ言えますか?


Posted by 魚山人 2007年07月26日










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