料理人生を盛り付ける時期  

料理人生を盛り付ける時期

最近『引退』の二文字が頻繁に頭を過ります。
と言ってもまだ若い(?)ので隠居という事じゃありませんが。

心血注いだ店に未練がないと言えば嘘になりますが、それより海や地面を感じながら質素に老いたいという気持ちが強い。それをしながらどう料理と一生付き合って行くか。色々と考えてみたりします。

凡そ四割の板前仲間が五年を経ず店を閉じてしまう厳しい業界で運も良かったのかも知れません。だからこそ引き際ってのを誤りたくないなぁ。そんな思いが湧いてまいります。雑踏育ちの自分が静かな暮らしをしていけるのか不安もあったりしますけども。


「身の丈に合った生き方」というものが御座います。
若い時にはある程度これを無視しないと、可能性を閉ざしてしまう面もあるには有りますね。「がむしゃら」も必要な時期がありましょう。

でも「無限の可能性」って言葉が虚妄であるように、人間には厳として『器』というものが存在するんですよ。

その器に人生っていう料理を盛っているわけです。

器が小さいか大きいか、和食器か洋食器か
そんな事はどうだっていいんです。

重要なのはどんな料理を作るかじゃないでしょうか。
そしてそれは盛り込む器に合った料理でなければいけません。

仕入れ、仕込み、庖丁、煮炊焼、その段取りで人は齢を重ねていきます。料理にはどれ一つ欠かせぬ大事な仕事ばかりで、特に最初の仕入れで決まる部分が大きいのは人生も料理もまったくもって同じ。

普通に考えれば盛り付けは人生満開の20代って事になりましょうが、違うんですよ。器に料理の花を咲かせるのは棺桶が見え始めた時。そう思いますね。

大皿ひとつを眺めながらそんな事を考えました。


2009年03月06日

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