某大手で腕利きとして勤めていたベテランコックが店を構える事になり、新規出店の挨拶に来たことがあります。ちょっくら縁がございましたのでね。
「そいつはめでたい。で、場所はどこ?」
そうしましたらなんと「恵比寿」ときました。
立地にもよりますが、あそこは生半可な事じゃ飲食店が生き残れる場所ではありません。まぁ資本に左右されはしますけども、個人ならばかなりの確率でもって一年もちませんな。それくらいシビアなところです。
「腹は括ってますよ。魚山さん、何かアドバイス下さい」
言うことは特にありませんがね、
「長続きさせるなら〔シンプル〕で行きなさい」
それだけ伝えました。
和食の店も洋食の店も、熾烈な競争がありますのでどうしても先鋭的な店が増え、ファッショナブルと言いましょうか、「あか抜けている」と言いましょうか、ともかく流行に遅れまいとする傾向があります。
だから逆にお客に去られてしまうんですよ。
流行なんぞ無視すればよろしい。
そのコックがその後どうなったかは各位想像にまかせるとしまして、今日は料理映画の話です。
洋食と言いましたら今でこそイタリア料理なども華やかですが、西洋料理はイコール「フランス料理」であると言ってもよいでしょう。世界中の国の代表的料理には必ず大なり小なりフランス料理の様式が含まれています。食作法において、テーブルナイフでパンを切る人類はおそらくおりませんけども、これはフランス料理の流儀がパンを手でむしるものだからです。
ようするに「料理のスタンダード」なんですな。
これをシェフの世界から広く一般に広めた方々がおります。
日本では超有名な先生が幾人かおられますね。
アメリカにはJulia Child(ジュリア・チャイルド 1912-2004)という女性がおりました。パリで暮らしていた料理好きのご婦人が中年になってから料理研究家に転進、1961年に『フランス料理の技を学ぶ』という本を出し、大ロングセラーになりました。この本はアメリカ人に広くフランス料理を伝えた素晴らしい入門書だったからです。料理好きのバイブルとも呼べる本なのです。
その「伝説の女性料理研究家 ジュリア・チャイルド」の実話を元にした映画【ジュリー&ジュリア】が今年の夏アメリカで公開され、日本でも今月(12月12日)公開されます。 主演は『ソフィーの選択』のメリル・ストリープ。彼女の演技はいつも素晴らしいが、今回はもう傑作。ツボにハマっています。
この映画を「グルメ映画」だと思ってはいけません。
「グルメに血眼になっている今の人達って変じゃない?」
ジュリア・チャイルドはそう語っているのです。
フランス料理のレシピを手元にして、ジタバタしながら家のキッチンで格闘する。失敗もします。ですが、我ながら惚れ惚れする料理ができる時もある。それを家族や友人にすすめる瞬間の楽しさ。
料理の基本は家庭の台所にあるのですよ。
高級レストランは「よそ行きの上着」です。
「B級グルメ」はお仕着せ。
浮ついていても仕方ないでしょうに。
「とにかく料理を作るのはいつも最高の楽しみ」
そう言うジュリアが教えてくれるのですよ。
料理に「気取り」は必要ないよ、
キッチンは楽しい場所なんだから、と。
2009年12月06日