「良い商品」と「よさそうな商品」  

「良い商品」と「よさそうな商品」

これから書くことは「外堀はそうなっているんじゃないか」という意味で、だからそうした方が良いという意図はございませんので、それをご承知下さい。

ようするに、「世の中はそうなっているが、だからと言って自分もそれに従う気はない」と思っているということです。

良い商品はもう売れない

21世紀に入って10年少々ですが、既に大きな変化が起きております。

「良いモノが売れるという概念の崩壊」

良いモノを作れば売れるという考え方はいつの間にか「昭和」になってしまい、そういう"昭和人"はもう作り手だけになっているようです。

買い手側からすれば「良い商品の意味」が完全に変容しているのですけども、作り手側はそれに気がついてないという感じですね。

では、今の買い手にとって良いモノとは何か?
それは「良いモノ」ではなく【よさげなモノ】です。

変な日本語ではなくマトモに言うと、
「よさそうなモノ」ですね。

「よい商品」ではなく「よさそうな商品」です


 

「これは良い!」というのは売れない。
だが、「良いかも」と思わせる商品が売れる。

昭和人にとってはなんとも意味不明なことであり、「カモ」と「良い!」の違いなんぞ理解し難い。


しかし実際の話かなり以前からそうなっているのであり、それを最も的確に捉えて「商品化」に成功しているのがスティーブ・ジョブズ以降のアップルであり、Googleではないでしょうか。

アップルという会社は「良い商品」に拘りすぎて潰れる寸前まで行ってしまった。

マックの高性能はファンなら誰もが知っていることですが、それは「一部のファン以外は知らない」という意味になります。

「かも」の方が売れると見抜いたジョブズが戻ってきたことが、今もアップルが存在する理由ですね。

ジョブズが技術屋ではなく「ロマンチスト」であった事がアップルに幸いしたのです。


iPhoneが「良くない商品」だと言う気はありません。
でもアレは決して「良い商品」ではありません。

既に存在している技術を寄せ集めただけであり、最新のテクノロジー結晶などではありません。

他のメーカー、まぁSONYとかなら作ろうと思えば簡単に作れた品物ですね。

しかし、「技術屋」「作り手」にはそう感じる程度の商品でしかなくても、買い手側にとってはまさに「これイイカモ」です。

アレは、完全に使う人の「カモ」にクリティカルヒットした商品と言えましょう。

同じものを作れる技術を持っていた各社は需要が見えていなかったという訳です。

買い手にとって分かりづらい「高機能」をてんこ盛りするのに忙しく、相変わらず「良い物」「本物」を作れば売れると信じ込んでいたからでしょう。

売り手の思う「良いモノ」が、買い手にも「良い」と認識されない時代になっていることに気づかぬまま。



Googleのウェブブラウザ「Google Chrome」がジリジリとシェアを拡大しているようです。

大半のユーザーは相変わらずWindows付属のIEを使っていますけども、これは必ずしも積極的に使用しているのではなく、「仕方がないから」という理由の人もかなり多いはず。
(モバイルはiOSとアンドロイドの独壇場ですが)

「今までの流れでWindows」「Windowsだから何となくIE」そんな感じであり、別に好んでIEを使っているわけじゃない。

なぜなら、Windowsは「ムダに高機能すぎ」るからですな。なのでIEもガラパ化し、必然的に重くなる。

8はかなり「軽さ」を意識して作製した模様ですが、IE10が特に軽くなっているわけでもなく、相変わらず「ウザい機能」のオマケ付き。

ウザいと言っても完璧なセキュリティを考えての事であり、Windows並びにIEは「良い商品」です。これは間違いないでしょうね。

だが、「良さそう」と思わせるものではない。

Windowsの深くには一般人が死ぬまで触れもしないし、理解もできない機能がどっさり。使いもしないプログラムで重さに煩わされる。

(※「ヒトは脳の機能の90%を使っていない」という話を連想します。コンピューターもそれと同じですな。将来はWeb全体が一塊の脳みたいになるかも知れません。というか、なるでしょう。もちろん人間がその全体像を把握するのは不可能になるでしょうな※)

その重さがインターフェイスにまで出てしまっているので、シロウトは「迷路」に迷い込んで脱出できない事態になることが頻繁に起きる。

iPhoneやiPadのドコが「よさげ」と思われたのかを理解しないとWindowsはこの先ジリジリとシェアを下げていくばかりになるでしょう。



Googleというのは非常に突飛な会社で、「ありえないだろ」と思うようなモノを次々に商品化してしまいます。

「メガネ型端末」などは数十年も前から予測されてきたものであり「予定調和的な商品」なのですが、誰も本当に作ろうとした事がありません。

先進的な商品って奴は、初期に必ず色々な批判をされるもんです。Googleメガネも同様のようです。

しかしどう考えても「次はアレしかないだろう」と思いますので、10年後には世の景色を一変させているだろうと、自分は予測しています。


自分は以前Googleがフェイスブックを追ってSNSに進出したことを批判する記事を書いたことがありますが、どうやらこの分野でも「とんでもない」ことを起こしそうな按配ですね。

Google+は予想通り苦戦してますけども、怪物化しているYouTubeをGoogle+と統合させる気でいるみたいですね。こうなるともう先が見えません。

フェイスブックをただの「良いモノ」に落として、Google+が「これ良いかも」になってしまう可能性が濃厚になってるのではないか。

ある意味でGoogleはユーザの「カモ」を完璧に把握している気がします。いや、カモの先を行っているんでしょうな実際は。「世界最高峰の頭脳」を集めているという、その結果が徐々に出てきてるんでしょうかね。

これから先、「普通の大企業」になってしまうのか、今の変な会社のままでいられるのか。そこが分かれ目になるかも知れません。個人的には「変な会社」のままでいて欲しいものだと願います。



おいら達みたいな「昭和」には、ユニクロの服のどこが「可愛い」のかさっぱり分からないし、ユニクロで買い物をしてそれを着ようと考えたことは一度もないです。正直に言って「良い商品」だと思ったことがないからです。

だが、ご存知のようにユニクロは巨大な企業になっています。つまり「めちゃくちゃ売れてきた」からでしょう。

これもやはり「良さそうマーケティング」の成功例だと思います。「これは良いんだ!」というウルささが無く、「なんとなく」をドンピシャリと捉え、そこを揺るぎなく確立しているんですなアソコは。

経営方針などで批判を浴びることも多く、一部では「ブラック」だと非難する声もありますが、社会が資本主義である以上、あんなふうになるのは当然だと思いますよ。

競争原理なき社会主義的な変形資本主義だと言われる日本の仕組みは限界にきてると思いますし、「限界にきてパンクした」のが東京電力でしょうな。

根強く抵抗を続ける原発ムラですが、時代は逆行しませんので、やがて「競争しなくても生き残れる仕組み」は淘汰されて消えていくでしょう。

だんだんにユニクロ的なものが増えていくのが自然だと思います。それが「良いこと」か「悪いこと」なのかを議論しても意味がありません。「そうなって行く」んですよ、いつかはね。

よさそうな商品の二極化

問題はこれから先です。
「良い商品」に人々が魅力を感じなくなっているのであれば、自然に「よさそうな商品」が増加するはずです。

その結果起きるのは差別化ですな。
同じ良さような商品でも、「本物」と「ニセ」に分かれて行くということです。

モノが飽和している現代、人々は必ずしも「本物」に流れてしまうわけではない。

ケースに合わせて両者をチョイスするだけの「選択眼」を今の消費者は持っておりますから、本物でなくてもかまわないモノは生き残れる余地がある。

iPhoneを真似て追いかけるようなスマホは売れないが、機能を単純化して低価格にすればチャンスが充分にあるということです。

スマホは使いたいが、多すぎるアプリに興味はない。せいぜい5種くらいの機能しか使わない。そういう人々が必ず存在しますからね。

ここまでヒットしたiPhoneは、やがて「良い商品」になってしまう運命です。ブランドを確立しようすればするほど良くはなるが、《良さそう》ではなくなってしまうでしょう。

こうして「一回転」するわけです。

次の「良さそう」が出現するまで二極化の範囲内で物事が動くのだと思います。

この循環はある意味で「袋小路」でもありますね。

ここからの「出口」は、次のテクノロジー・ブレイクが起きる時期にしか見えてこないのではないでしょうか。

今のテクノロジーでは「出口戦略」を描くこと自体が無理だと思います。
まぁ、これは政治・行政など国家全体、世界全体、地球という惑星、つまり全部がそうなっている(行き詰まっている)と言えましょうが。

料理の「次」

料理も商品である以上、基本的に同じ事だと思います。と言いますよりも、料理こそが「かも」の極地でしょうね。

「良い」「本物」の基準がこれほど曖昧なモノはあまり他にはありませんから。

金科玉条のようになってるミシュランの星にしても、あれは審査する人の「かも」でしかないわけで、実証可能な汎用品として認定されるわけじゃありません。つまり科学的な根拠はないということ。


料理を召し上がる(買ってくれる)お客さんの指向は、確実に「昭和」から「21世紀型」になっています。

近年の業界の数字をみていると、はっきりします。

「曖昧な料理ほどよく売れている」

「ホンモノ」「ニセモノ」という段階はもう終了しており、次の空間に住んでいるんですね、お客様は。

世界的な傾向ですから「昭和」という言葉は適しておりませんけども、日本国内においては昭和という表現が見事なくらいハマります。

和食の世界でもね、もう「職人技」というものが無意味になりつつあり、何よりも大事なのは「食べる側の視点」になっております。


なんぼハイビジョンの解像度を激増させるウデがある技術屋自慢の品だろうと、100インチのテレビは売れないんですよ、極一部の例外客を除いて。解像度とか鮮明さだけを追っている日本企業の将来が思いやられます。テレビそのものに興味がない人が増えていくのは確定的。「次」に全力を注ぐべきだと思うのですけどねぇ。


「良さそう」という、何ともつかみにくいユーザー感覚を自分も身につける。

それをしなきゃたぶん料理人にも「次」はないと思っています。


2013年05月15日

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