脱サラ中年の飲食店  

酒肴亭

 

暮が段々に近づき、宵の空気が冷えてきました。
晩秋は何故か物哀しいもんです。

この季節は酒肴亭の暖簾が恋しくなりますねぇ。
酒を、そして酒肴を食わせる小さなお店です。

いつも行く小粋な女将が采配する小料理屋。
「最近忙しくて行ってないなぁ」
「久しぶりに行くか」
幼馴染の常連、「ハゲ」にも最近会ってないし。

そんなことを考えてましたら、ふと頭をよぎったのは何年も顔を出していないお店。都内北側の、ある地区にある酒肴亭です。

いつだったか、縁あって年配の脱サラの方に和食を教えた事があります。色々あったのでしょう、定年まで勤めず料理の世界に。

独立して和食系の店をやりたい
そういう事でした。

そういう場合は料理教室にでも行けばいいのであって、おいらが面倒を見る理由はないし、普通は絶対に引き受けません。

が、世の中って奴はいつでも頑固が通るほど優しいもんじゃない。義理や何やらかにやら、嫌でも向き合わなきゃいけない事もある。それが人様と付き合うという事だし、世間と商売の天秤でもある。

「とりあえず本人には会ってみるから」

会うだけ会えば一応義理は立つ訳でして、受ける気は毛頭ありませんでした。

「あんなのじゃ無理だ。甘く考えちゃいけません。申し訳ないが・・・」

それで終わりです。先方も納得は出来ぬにしろ諦めるでしょう。

30分も面談すれば、どんな人間なのかおいらには分かります。
「人は見かけによらない」は事実ですけども、「見かけにもよる」からです。それが大事なんですよ、この商売はね。

適当に世間話して、場合によっては紹介状でも書くつもりでした。

そして。
引き受けることにしました(笑)

その理由はね、「包丁」です。
その方は挨拶にみえられた時に薄刃を一本持って来ました。

それが「薄刃」だったから、おいらは面倒みる気になったのです。


板前を雇ってオーナーになるならともかく、今から料理を覚えてたんじゃ割烹は無理。なので「酒肴亭」

1年以内に和食のイロハを教えなきゃいけない。
だが「崩し」を教える気はない。
「薄刃」が似合う板前にする。

色々と特別なやり方で仕事をおぼえさせました。
ウチの若い衆と競わせてる時間はありませんからね。
そんな事してたら何年もかかってしまいます。


お店を開いて三年間もつかどうかは「場所」次第です。
どんな理由があるにせよ立地を無視すれば1年で店は傾く。
新規から三年持ち堪えれば大丈夫です。

場所探しをおいらも手伝いました。人通りが多いから、近くに大きな団地があるからなどという、素人考えで店を選ばれてはたまりませんのでね。

決まればメニュー作りです。
その界隈に合わぬ献立では客など来ない。
料理の腕が自慢なら「地域に合ったメニュー」の中で腕を振るえば良い。

それがプロの板前です。
板は伝統工芸士ではありません。

おいらから提案したのは「地酒の範囲を広げすぎるな」です。
そして店の周辺を徹底的に歩けという事。

リサーチャーを雇う余裕などある訳もなく、そもそも自分で歩いて自分で見なければ地域は分からない。

その店は一年を持ち堪え、なんとか軌道にのりました。



混雑している筈の時間帯に合わせてその店を訪ねました。東側というか北側というか、まぁそんな場所で都心からそれほど距離はありません。

その店の玄関先がよく見える道向こうまで行き、暫くの間佇んで観察。
「まだこの場所は大丈夫だな」
心の中で呟きながら暖簾をくぐりました。

オーバーなほど喜んだ主人に迎えられてカウンターの隅へ。
「ちびちびやってるから、おいらには構わないで下さい」
店内が落ち着くまで居ようと決めたおいらはそう言って笑う。

漸くサシで会話できるようになり世間話。
出してくれた小鉢には河津産ツガニのバクダン。

「今、魚さんの大好きなエボを焼いてますから」
そう言いながら酒をついでくれました。

「本当に感謝してます」
「年数が経てばたつほど意味が分かって来ましたよ」
「仕事のやり方、店の場所。本当に感謝しきれません」

「そいつはオーバーですよ(笑)
「***さんの力であって、おいらには関係ないです」


この方はやがて70歳を超えます。
それでも今の様子だとまだまだガンガン働いているでしょう。

仮に定年まで勤め上げていたら、今頃何をしていたのだろう。

年金生活で趣味に生きる。
しかし仕事に大半を捧げてきた人間たちの趣味とは何でしょうか。

「にわか」の範囲を越えることは出来ないのでないか。

仕事が趣味みたいな人生を送ったのなら、老後も「仕事」を趣味にした方がいいのではないか。

80歳になっても人様に食べ物を売ってお金をもらえる。
考えたら幸せなのかもしれないですね。


店構えの割には広めの厨房で、焼き台だけは炭を使える下火の物を使ってます。おいらからの「開店祝い」であり、今も大事にしてる様です。



旨いエボダイの焼物を食べ終え、腰を上げました。
「美味かったです。また顔を出しますよ」

さて、浮気をしてる場合じゃありません。
女将の店にも顔を出さないと忘れられちまう(笑)

外に出て車を拾います。
酒肴亭を後にし、次の酒肴亭へ向かうためです。

2011年11月01日

中高年の板前修業

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