店は「見られて」成長する  

店は「見られて」成長する

どのような商売においても、自分個人という単位であっても、
他人から見られなくなると成長が止まります

これは「人様からみられることによって成長する」という意味ですな。

例外もございます。
巨大な企業さんやら永田町のセンセイ方。
この方々はいくら見られていようと成長しないことが多い。

その理由は簡単であり、意味深でもあります。
みてくれる人々を見ていない】からですね。

不思議ですよね、
企業なら消費者を、代議士なら有権者を「見て」しかるべき。

何故か?、ではこの方々は何を見ているのか。
「自分が属する組織の内部」のみを見ているのですよ。

 

組織の存続が第一目標になり、他はどうでもよくなるんです。
なぜそうなるのか。自分の地位保全と将来の安寧で頭が一杯だからです。

企業や官庁の人は組織内での根回しで「仕事」どころじゃない
センセイ方は次の選挙もモノにして「安定した椅子」を目指す事以外何も考えない
公選で「任期」を委ねられてるはずが、議会に「就職」した気でいる
なので「定年」まで波風は立てられないというアリサマ
とうぜん選挙で力を貸してくれる組織の維持が「本職」になり果てる

だが、公の仕事とそれに準ずる仕事をしてる者がこれで良い訳がない。

なので、「見てないくせに、みているフリ」をするのです。

それはつまり「嘘をつく」という行動になりますから、彼らは人相が悪くなる(笑)
ま、いくら聞いても理解できない「玉虫色」の発言になるという次第。

結論として、
「見られていることが分からなくなるくらい想像力が欠乏する」
したがって、この方々にとっては「誰にも見られていない」と同じこと。


勉強になりますなぁ
我々のように巨大組織に属さぬ一般人は彼らの「逆」をやればいいってこと。

「見られたら」、こちからも「見る」ということが大事なんですね。

組織内部の視線ではなく、見ている者と同じ目線で見返す

これが出来るかどうかが商売のポイントだと思いますね。

お客と一緒に成長する

「みられる事で成長する」
これは人間の性質に根差す真実です。

仮に、一人っきりで山にこもり、心身を鍛え上げるとします。
これによって超人的な能力を得たとしましょう。

「誰も見ていないのに成長しましたよ」

そうではありませんな。
本当に誰も見てなければそこまでの能力を得る事はできません。

いつかは山を下り、世間にその能力を「見て」もらわねば、それは「能力」ではないのです。

「成長」かどうかを判断するのはあくまでも他者だからです。

そもそも浮世に戻る気持ちがなければ、そこまで鍛錬できません。
モチベを失い、たんなる野人と化して行くだけでしょう。

無人の山で一人っきりであろうとも、
「将来を予見する自分自身」が、自分を「見て」いるのです。
つまり「みられている」というわけですね。

孤独な鍛錬は仙人の修行のようでかっこいい。
日本人の感覚にも合っているのか、イメージも良い。

しかし現代の人間にとって「モチベ」の維持はまず不可能でしょう。

一辺倒の鍛錬に明け暮れた日々は一つの能力を突出させるでしょうが、
社会が複雑すぎるので、世に溶け込めなくなる可能性が高い。

世界は秀才と天才だけが動かしているのではありません。
天才的なシェフや板前が必ずしも繁盛店を持てるわけでもない。

今の社会で一番重要なのは「バランス感覚」です。

一つの事に傾倒し過ぎれば、他のことが分からなくなる。
しかし各分野は専門化が進んでいるので全ての完全把握は不可能。

これは「近視」になれば世を渡るのが難しいということ。
遠目で「全体を見回す」能力が求められるのですよ。

ある程度均等に見渡すことを可能にするのがバランス感なのです。


このバランス感覚を養うにはどうすればよいか。
「人に見られること」
「みられている事を意識してそれを返すこと」
です。

これからの個人店を成功させる秘訣

店を新規オープンするとします。
当事者は開店前に色々と理想を描く。

そして出来る限り「完璧」な態勢を整えてオープンしようとします。
これはまあ、当然で、誰もがそうします。
店の造作も、料理も、落ち度のない完全さ。

ところで、もしあなたが店の人間ではなく、お客だとしたらどうか。
完璧な店を訪れて感動するでしょう。「素敵な店だ」とね。

そこまでは良い。
だが、手放しで感動したにしろ、訪問回数は増えず徐々に減る。

なぜか。
あきるから」です。

世の中は競争の原理。「完璧」な店は次々にできる。
新しい店は「より以上の完璧」「今までにない感動」を目指している。
客であるあなたは、そちらを選ぶのです。


店側の視点に戻りますと、
次の決算期あたりにリピーターが増えないことに気付く。

「なぜあきられたのだろう」と悩む。
しかし、「金をかけた新しい店に流れたのさ」と結論づける。


そうではないのです。
本当の理由は「成長していない」からなんですよ。

なぜ成長しないんでしょうか。
「見てくれる人がいない」からですね、やはり。

店というのは料理などを提供するだけがビジネスではありません。
イベントを見せるエンターテイメントの場所でもあるのです。

「エンタメ? 無理。 そんな事できないから料理人になった」
その気持は分かりますし、おいらも同じです。

具体例を出せないのが難しいところですが、極端な例えを出しましょう。



掘っ立て小屋のような空っぽに近い店を作りオープンさせる
お客はとうぜん引いてしまう

だが物珍しいのかチラホラと訪問客はいる

料理はお世辞にも完璧とはいえないが、それほど悲惨でもない
なので、とくに落ち度がなければお客さんはなんとなく再訪する
過剰な宣伝や豪華で隙のない店が必ずしも好みでない人も多いからです

そのようなチラホラ客は、ある日「発見」をする

最初の頃よりも何かが良くなっている事実をです

料理かも知れないし、接客術かも知れないし、それら全部かも知れない

確実に前よりも良くなっている

これを発見したお客さんは非常に高い確率でリピーターとなる
再訪の頻度も高くなる

そして誰かを連れてくるようになり「口コミ」が発生

これはどういう現象なんでしょうか。
その客が「発見」した時点から「見る人」になったということです。

そして、見られることにより店が「成長をしている」のです。

これが「お客さんによって育てられる」お店というわけ。

お客さんというのはね、完璧を求めているようでながら、そうじゃない。
「なんじゃココは。ひどいな」と思っても、「何かの可能性があれば」見逃さない。

そしてその可能性を確かめたくなる。
自分の感覚が正しかったのかどうか確認せずにはおれない。

もし期待通りならば、成長していく姿をずっと見ていたくなるのです。

そうなるとたんなる客ではなく、舞台への参加者。
つまりイベントが発生しているわけで、これは立派なエンタメなんです。

このイベントが成立する条件はなんでしょうか。

それは「店の者がお客さんを見ている」ということ。
見られるだけでは成り立ちません。

見られること、見てくれた相手を深く見返すこと
これによって互いに成長していくのですよ。



ちなみに、おいらは大企業のクールなサイトよりも、「人間の作業跡」が見えるサイトの方が好きです。それは「人間の努力」がよく見えるからです。

完璧でスマートなトップページは「カッコイイ」とは思う。
だが好きこのんで再訪問する気にはなれない。

ところが、あまりクールとは言えないサイトであっても「人が何かをやっている気配」を感じるサイトだとまた行ってみたくなる。次に訪れる時は「向上しているかも」という予感を持つからです。


2012年06月26日

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