癌の本質に学ぶ  

癌の本質に学ぶ;生き方

タイトルをみて自分で可笑しくなりました。
「魚のさばき方」から始めたこのブログ、とうとう「生き方」まで・・大丈夫かぃこのオヤジ(笑)

「板前さんが料理の事を書いてる」と思ってこのブログに来た方は、あきれ返ってとっとと帰っちまうでしょうね(^^)

それはそれで仕方のないこってす。
検索で訪問される方の目的は「情報」なので、大概は関係ない文章など読みません。偏屈板前のへ理屈などはまぁ読まんでしょう。所謂「通過」ですが、これは基本的に人間としてまっとうな行為であると考えます。

今日の記事ははっきり言って下らない内容です。
お忙しい方はスルーなさって下さいます様に。

時々以下の様なメールを頂戴します。

三つのサイト全部を楽しみに見てます。
だからもっとしょっちゅう更新して下さい。

もっと頻繁に何か面白い事を書きやがれって事です。
コイツはね、おいらがサイトを更新できる原動力でもあり、
涙が出るほど嬉しい便りです、マジで(←鯔次郎風)
こういう方がいらっしゃるので記事を書けます。

ですがそいつは無理ってもんです(笑)

まず「本業」ってモンがあります。
おいらの更新スタイルですが、仕事の合間をチョコマカ抜いて思いついた事などを書き留めておきます。HPの更新作業はその蓄積を放つ事で新しいページを作れもします。しかし自分の言葉で物を書くにはメモなどたいして役には立ちません。

情報の羅列は「ただの文字の固まり」であって、己の感情が入らぬ限り、それは書くに値しないものでしかない。平たく言えば気持ちのこもらない文章は書いても無駄ってことです。メモを丸写ししても記事にはなりません。

要するに文章よりも「気持ち」に時間を取られるのです。
ですのでどうしてもまとまった時間が必要になります。
(それでも書いてしまい、下らない記事をUPしてしまう事が多いです。今日もそうですが(ーー;)。そのへんが自分の限界なんでしょうなぁ)

『放浪板の旅・20年記(仮題)』
『魚山人のそば打ち入門(仮題)』
この二つのサイトを立ち上げる構想を持っています。 何年も前からです。

だから板前サイトでは極力内容がかぶらない様に注意したりしてます。できるだけ蕎麦の話を避けたりとか(笑)

パソコンのフォルダの中には資料がかなり溜まっております。旅サイト用の画像なんぞ全国各地、世界各国で撮り溜めた画像がすでに数千枚。どこに何があるのか分からなくなるほどです。

準備万端仕上げをご覧あれって行きたいとこですが、とんでもありませんや。
まったく手が付きゃしません(~_~;)
食いモン3サイトの面倒みるだけで目一杯なんです。

 

癌の本質(かも)

さて、前フリが長くなりましたけども、癌の話です。

先日NHKで放送された癌の正体を探る番組を観て、感じた事がたくさんありました。立花隆氏が自分が罹患した癌の本質を追求していく姿を記録した番組でした。自分の周囲でも次々に癌で斃れる人が後を断ちませんので関心があったのです。

先に結論を言いますとね、『天使と悪魔』の悪魔なんですな癌は。

善と悪、光と闇、昼と夜、つまり「切り離せない」のです。
病気ではなく、【人間の一部】なんですよ元々。

地球が生き物だとしたら、おそらく「人類よ消えてなくなってくれ」と思うはずです。地球にしてみれば人類は体内に発生した癌そのものでしょうからね。

しかし何故だかこの宇宙って奴は「進化」を前提に設計されている様です。だから人類の発生を否定しては地球の存在自体が意味を失います。

無数の確率から奇跡的に意味のある組み合わせが生まれ、優位のものだけが生き延びて行く進化。宇宙の目的はそこにあるようですから、既知の存在では最も進化してる【人間】を生み出したのは地球の「成功」でもあるのです。

人類は「癌」でもあるのですが同時に「成功の証」とも言えるのですよ。

生命の根源である遺伝子に予め含まれた存在だからこそ、体内の免疫部隊の「兵隊達」も癌を仲間だと思って味方をしちゃう。

要は限りなく一体化してる訳です、生命のシステムとね。

進化する為のなにやら不可欠な要素として生まれた時からセットされている。だから「癌の素」を取り除くと生きて行けない。これは生命の目的が「個体の生き残りより種全体の進化」に設定されているからでしょう。

癌の構造はまるで宇宙そのものの様に複雑。
こんなやっかい極まりないモンだからこそ、これほど研究してるのに根本的な「癌撲滅」に成功していない。

問題は「癌のスイッチ」でしょうな。
悪性腫瘍の発症です。

元々ある癌の素を暴走させるキッカケですな。
闇が光の場所にしゃしゃり出てくるわけですよ。

人が日々生まれ変わって行く過程で転写ミスが起きる。
その要因はよく分かってませんが、一部の化学物質や放射線は確実にそのスイッチを入れている可能性が濃厚です。

根治が難しいならこの「スイッチ」にもっと力を入れて欲しい。

と、まあここまでは直接的な感想です。
ここからは連想した事を書きます。

成長と後退(衰退〔袋小路〕か進歩か)

1 記憶

記憶喪失になってしまいますと、ゼロから人生の意義を見つけて行く必要があるのだと思いますが、それは可能でしょう。記憶喪失といっても一瞬前の事を忘れる健忘症や痴呆ではありませんからね。

人間の体は日々入れ替え現象が起きております。古い細胞は死んで行き、新しい細胞が生まれる。新陳代謝と言う奴ですな。つまり人は常に文字通り「以前とは違う人間」になってるわけです。

だから逆説的に「私の気持ちは永遠に変わらない」という物語のシーンに人は感動するのかも知れません。人間は変わって当たり前。その常識を超越した強い想いに胸を打たれるんです。

人間の主体が宿っているのは「記憶」
そう言えるのではないでしょうか。

少なくとも主観的な人生は記憶によって成り立ちます。
自分の全人生はイコール記憶でしょう。


2 薬で治らない

さてその「記憶」と脈絡が有るのか無いのか分かりませんけどもね、「自戒」も込めてですが日本人はまだまだだなぁと思う。

個々人の悪さは追求されず、曖昧な象徴が悪者にされてしまう傾向が根強い。「罪を憎んで人を憎まず」についホロリとしてしまう。

ですので悪いのが露見した時に、組織・団体・グループ、が槍玉にあがります。実体などは無い「お代官様」や「悪の組織」や「不良グループ」みたいなもんに砲火を浴びせて溜飲を下げる。

これは実は子供向けヒーロー番組で「正義の味方」が現実には存在するはずもない「巨悪」と戦っているのと大差ない。

その事を理解して、「ガス抜き」だと捉えている大人ならば問題はありません。

ところがこの国には「子供」が多い。

子供とは何か。
頭の中の想念と「現実」の区別ができない人です。

実体の伴わない「悪」に過敏に反応してるとね、しまいにゃ「若い」だけで不良、政治家ってだけで私腹を肥やす悪者、「美人」ってだけで性格が悪い、そうなります。

主観がすべてって事ですよ。

だから叩く、そうならざるを得ないでしょうな。
どんどんエスカレートするしかないんです。
止まりません。

これはお役所もまったく同じ。
だからよけいなお世話としか言いようのない規制ばかり作ります。なので徐々に社会が機能的でなくなり活力が落ちます。暴力団を法で締め上げたら、ナイフを持ち歩くイカレポンチが増加しました。

それに近年は「クレーマー」の異常増加もあります。加えて手前の事をタナにあげて他所に難癖をつける人の多い事。奥ゆかしい日本人はどこに往ったのか。

日本のマスコミが歪なのも然り。
苦情の殺到を怖れているんです。

訴訟は平気だが大衆の見えない圧力は自分達の立場を危うくする可能性がありますからね。それで自由に表現することが出来ず、あきらかに萎縮した内容になってるわけです。

そんなものは本音が見えないので面白くもなんともない。このままだとジャーナリズムは崩壊するでしょう。「作り事」「ヤラセ」にはウンザリです。

最後は「言葉」そのものが攻撃される事になる。
昔偉い作家の先生が「言葉狩り」の風潮に反発して断筆なさいましたけども、おいらはあの先生の気持ちが理解できます。なぜ怒り心頭になられたのか痛いほど分かります。

ご清潔は結構ですけどね、人間はそんな美しいモンですか本来?

気がつけば息苦しくてたまらない閉塞社会になっている。
清潔な街を求め過ぎての「白い暴走」ですな。
これも一種の「衆愚」なのかもしれない。
イビツの極みですな今の社会は。

根底には「嫉妬」と「責任回避」があるのでしょうが、その他に「おせっかい」っていうのもある。「記憶」が硬直して柔軟性を失くしているのかもしれません。要するに人を一人前の大人としてみる事ができんのですな。他人を大人扱い出来ない。

何故大人扱いできないのかと言えば簡単な話です。
それは自分自身がまだガキだからですよ。

ピータパンの国って事ですな我が邦は。


言ってる事が分かりましょうかね?
「分離できない」んですよ。

癌を無理に消滅させればその人間も死ぬって事がだんだん分かってきたのです。

良いモンと悪いモンは同居していて分離はできないんです。

人の精神も同じなんです。
無理に締め上げれば歪みが何処かに出ます。

法でガンジガラメにしても犯罪は絶対になくならず、逆に陰惨な事件が増すばかりでしょうな。ヒステリックな「子供大人」の数が増えて、世を規制だらけにすれば、いずれ子供達は「モヤシ」の様なものにならざるを得ない。

最終的には生命の基本である「生殖本能」さえ失う可能性もあります。今現在その兆候はあります。異性に興味がないというのは正常とはいえませんのでね。

体内のバイキンを全滅させれば体は機能しなくなる。
とは言え世はまさに「清潔時代」。狂ってますな。

進化の概念でみれば「袋小路」に入っているのか。
それとももしや「脱皮寸前」の状態なのか。

まあ考え方は色々です。

しかしね、これだけは言えると思うんですよ。
自分が人様に対して「難癖」を言えるガラかどうか思慮すべし。

己の姿を省みずに他人を責めるのは醜い。

人間ってのはブレやすい。それは仕方ない。
「今この瞬間の自分を真っ直ぐにする」それしかない。

自分を真っ直ぐにするってのはね、
「異物を排除する」ことなんでしょうかね?

それは違うって事を、癌が教えてくれてる様な気がします。

正常なる記憶は老醜を招かぬものだという事です。

勇ましく「癌撲滅宣言」をしたのはニクソン大統領です。
しかしその後ニクソンは寿命で逝き、宣言からもう40年になりましょうか。

いまだに癌は撲滅のボの段階すら遠い。
人類の英知を結集し、最先端科学をもって50年も研究し続け、分かった事は、「研究すればするほど分からなさが増すばかり」という結果だけ。

「根絶は不可能なのではないか」
トップクラスの科学者はそう考え始めている様です。

罹患した後の処置はかなり進歩してますが、罹患しない方法が分からないので完治の方法論も見つからない訳です。

「癌の目的」「癌が発生する理由」
それが分からないからでしょうな。

どうも癌は「生」と根源的な部分と密接に繋がり、分離できぬみたいです。完全に分離するには「死」しかない。つまり癌を退治するには命を終えるしかないという話なのでしょう。

もしかしたら
癌は種の進化を促す装置なのではないか?
そういう考えで記事を書き始めたのですですが、どうも説教臭くなってしまいました。

2009年12月03日

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