便利食品と自殺装置  

便利食品と自殺装置

安全な食品(概説又は前説)

「目利き」は二種類
生産・収穫から店頭に並ぶまで、「余計な手が入っていない」野菜や果物には「ある特徴」があります。これはつまり農薬や防カビ剤などを加えた品物はすぐに判別できるという意味になります。

おいらは店頭に並ぶ生鮮食品を見ただけで、ほぼそれが判別できます。「ある特徴」を言葉に出来ればよいのですが、それは無理ですね。なぜなら判別がつくまでに30年ほどの歳月が必要だったからです。強いて言えば「見分けるのに必要なのは言葉以外のもの」となってしまいます。

 

経済成長の翳に食

「現代人は毎日ガンの素を食べてるようなモンだな」そう考えるようになってからもう30年以上が経過しました 。

それ以前、日本は高度成長にまっしぐらで、手軽になり多様化する食品に対して、どんどん豊かで便利になってると歓迎する空気が強く、「便利な食」に疑問を持つ人は皆無に近かったと思います。戦後の食料欠乏時代を経験した人々は尚更でしょう。

空気が少し変化したのは高度成長が一段落した時期でしょうか。

きっかけは多分、「公害」が広く世間に認知されてきた事に関係がありましょうね。

『イタイイタイ病』や『水俣病』の患者達の、まるで地獄としか言いようがない凄惨な状況をTVで知り、その犯人が特定の企業であると知った驚き。

「豊かさのへの道」の影に隠れて何が起きていたのかが見えて来たのですよ。

「公害」と「食害」は、その構造において本質的に同じです。
食と「公害」が密接に関係している事は、水俣病や東京江戸川で起きた『黒い水事件』でも伺い知ることができましたけども、130名以上の死者を出した『森永砒素ミルク中毒事件』とか、「黒い赤ちゃん」誕生で全国にショックを与えた『カネミ油症事件』などは、「食品企業」が直接起した事件です。

これらの事から学んだのは一つ。
【企業や国家は国民の安全と健康などまったく考えていない】です。

そのように感じた人々はかなり多かったのでないでしょうか。
70年代中庸から80年代にかけて、現代食事情の異様さ危険さを指摘し、安全な食を啓蒙をする方々が現れてさました。

折しも環境ホルモン等の危険性も伝えられ、食品添加物にも疑惑の視線が向けられるようになり、安全な食の確立を訴えるムーブメントが何度か起きました。

食品添加物

その分岐点ともいえるのが「ポストハーベスト」に関する騒動でしょうか。自動車などを売りたい下心を欧米から巧みに突かれて、当時の厚生省が取った態度はまさしく「国民の健康など知ったことではない」をはっきりと見せつけてくれました。

防カビ剤まみれのレモンやオレンジの輸入を許可したのが厚生省だったのです。度重なる「薬害事件」といい、「社会保険庁の醜聞」といい、このお役所はいったい何なんでしょうかね。

「OPP(オルトフェニルフェノール)」「OPP-Na」「TBZ(チアンベンゾタール)」「ビフェニル」「イマザリル」、こうした防カビ剤はもともと農薬で、しかもとっくの昔に発ガン性疑惑から製造禁止になったもの。それを「食品添加物」として許可しているのですよ。アメリカの圧力に屈してね。

欧米の圧力だけではありません、数の子を漂白する「過酸化水素」、これも発ガン性を疑われ禁止になりかけたが、結局業界の抵抗に屈して使用を認めております(業界は独自に中和技術を開発した)。こんな例が多数。

発色に使う「亜硝酸Na」、漂白に使う「亜塩素酸Na」、そして外食店ではどこでも見かける殺菌剤の「次亜塩素酸Na」、これらは少量で人間が死ぬ危険な毒物で、身体の損壊度もダイオキシン類と大差がない。

もちろん、そのままヒトに与えると「殺人」になりますので、薄めて微量を使っているわけですが、そもそも何故こんな物質が食品に使われているのか理解し難い。

それら添加物は個別には限度量が調べられ、それに従って使用すれば安全だという事で許可されているのでしょうが、ではこうした添加物を「複数重ねて」しかも「長期」で摂取した場合どうなるのか。実はまったく分かっていません。

現実には添加物を1種類だけ使っている食品というのは稀で、数種を使っているのが普通。しかも人は同時に多種類の食品を食べるもの。

食品添加物は「発ガンを誘引する疑いが濃いものばかり」なのですが、そんな物の使用を認めている最大の原因は、皮肉にも「分からなさ」にあると考えられます。

「安全」だとは思えないが、「危険」とも断言できぬ部分。
そのグレーゾーンの隙間をぬって遺伝子組み換え大豆が跋扈し、「12種類のタール色素」で美しい色をしたジュースや菓子などが売られている。

数百年、千年、あるいは万年かけて人間を使って実験してみないと分からないのですよ、急性の症状が出る毒物以外の化合品はね。

早い話、今現在人間を使って化学実験をしているとも言える。
つまり「人体実験」ですな。

かなり穿った見方をすれば米軍がベトナム戦争で使った「オレンジ剤(枯葉剤)」は、ベトコン撲滅よりも、ダイオキシン類が人体にどういう影響を与えるかについての「人体実験」ではなかったか。背後の企業に押されてのね。そいう妄想すら湧いて来ます。

何故なら「人体実験は絶対に出来ないが、マウスのデーターではヒトに与える真の効果が分からず、本当のことは人体実験でしか分からない」からです。


そして現在

禁煙と引き換えに得たもの

驚くべき事に食をとりまく状況はまったく変わっておりません。
胡散臭い「健康ブーム」に押される形で多少は無添加食品が増えてきたものの、相変わらず農薬と添加剤が空から振るごとし。

たったの10年足らずでいきなり出現した「禁煙世界」に比べて、「安全な食」はどうしたんでしょうか。

おいら達非喫煙者は、「ああ、せいせいしたわい。いい気分」とでも言いたくなるやも知れませんが、それではあまりに想像力欠乏症。貧困なる精神としか言えませんね。なんらかの異様さを感ずるのが健全な精神というものでしょう。

煙草が健康に良いとは思えません。
しかし、この性急な流れは変でしょう。10年かけずに街のそこかしこから灰皿が消え、煙草を吸う場所が何処にもなく、片隅にある喫煙所で肩寄せあって喫煙している人々の姿は正常な世の光景とはとても思えない。

これを正常と思われる方は、ナチス時代のドイツ市民が、ユダヤ人に対して持っていた感情を想起すべし。そう距離はありません。

おいらはこの状況は「論点のすり替え」だという気がします。

結論から申しますと、煙草を製造する会社は限定されているが、食品添加物を扱う企業は「厖大」だってことです。ヒステリックなほどに煙草の害を言い立てて速やかに禁煙世界を創り出した裏。

元々たばこってのは「大義名分」が立ちやすいので、ただでさえ税金を吸っているようなものなのに容赦なく値上げする。それでも文句が出る心配がないという国家にとっては貴重な財源。

なのに何故か突然世界的流行
「健康」に反するからと絶滅作戦を展開し、国家元首が「タバコは悪だ」と宣言する始末。

「健康」に反するもの、
一に「戦争」
二に「貧困」
そして「公害」であり、その公害は化学物質であり、それは我々が日常口にする食品に含まれている。

そもそも国家たるものが一般国民の健康を心配するなど嘘であることくらい歴史をみれば一目瞭然。
太陽が北から昇っても政治家が国民の健康を本気で慮るなどありえない。

「健康ブーム」はそれらを見えなくしてしまう煙幕の効果があったようです。本質から目を剃らす為のスケーブゴートですな。

その本質とは何か
明治・大正時代に生まれた人々が作った「長寿国家日本」の終焉です。

今現在癌で死ぬ方々が非常に増えておりますが、今は昭和前期に生まれた人々が80歳になろうという時期。昭和以降に生まれて来た人々は確実にガンで死ぬ確率が高く、その罹患年齢は年々低下傾向にあるようです。要するに平均寿命は低下するってことです。

そしてね、長寿記録を作った世代は「禁煙世界」に住んではないが、そのかわり「無添加世界」で生きていたって事実ですよ。

駅弁もコンビニも添加物だらけ、疲れたと栄養ドリンクを飲めば何故か保存料の「安息香酸Na」。自然には存在しない鮮やかな色で着色しなければ納得しない消費者・・・・

調味料についても、「中華料理店症候群」は否定されたものの、グル曹(グルタミン酸ナトリウム うま味調味料・味の素)については分からぬ事が多い。これがあまりにも厖大に使われ続けている結果、もしかしたら現代人の体に何らかの影響を与えているのかも知れません。

疲れやすい肉体は、あながち仕事によるストレスだけが原因ではないのかも知れない。ともかく料理人にとってグル曹は調味料ではなく、添加物そのものです。しかしこれ無しでは味を感じない人間ばかりになってしまいました。

なんでこんなにも沢山の化合物を食い物に添加しなきゃいかんのか。
そもそも発ガンが疑われている物ばかりですよ、添加剤は。
「本当は煙草どころじゃないはずなんです」

何故そうなのか、答えは単純です。
企業が利益を出さねば国家が傾く。そう考えられているからですよ。

では国民の健康より企業の利益が大事なのか。
答えはイエスです。

違うと言うのなら明快な論旨でそれを説明して頂きたいものです。意味不明の役人言葉や舌足らずの「つぶやき」ではなく、誰もが理解のできる言葉でね。

少し逸れますが、言葉といえばプロの作家。
池波正太郎や筒井康隆が特に好きでして、この稼業だからかの僥倖で御二人ともに、ご尊顔を拝見した事があります。 筒井先生は渋みのある非常に男らしい良い顔をしていて、作家にしておくのはもったいないなどと思ったものですが、よく考えてみればこの先生は役者でもあったのです。直近で一番影響を受けたある人に強く勧められて筒井本の魅力を知り、よく読む様になりました。

この二大作家に共通しているのはその文体の明快さです。
「驚くべき読みやすさ」と言えましょう。
漢字を極力控え、改行のバランスと相まって「もったいない」くらいにスラスラと読めてしまう特徴が似ているのです。(筒井康隆は作品によって違う)

だからと言ってこのお二人を「頭が悪いから平易な文章を書く」などと考える馬鹿は世の中にいません。普通はその逆ですな。優れた頭脳であらばこそ、これほど文章を単純化できるのです。

しかし残念なことに「頭の良さを出す為には難しい文章を書くべき」だと考える人種が世の中には相当おります。身近な例ですと「お役所の書類」がありますな。

さて話がズレてしまいました。
先ほど「否天然素材」が人体へ与える影響が分かるのは最低でも数百年と書きましたが、実はもっと早いかも知れません。

沸騰も氷結も突然起きたように見えます。内部では反応が進行しているのですがそれを見る事はできません。壊滅的な巨大地震も決して突然発生するのではありません。そこに到るプロセスがあり、そして「前兆」があるはずなのです。

おいらは若い時にスポーツで首の骨を強打した経験があります。「折れた」と思いましたが実際に頸椎が折れたら死にます(笑)

それから15年ほどは別段何の症状も出なかったんですが、中年に達しある日突然右側の肩胛骨周辺に激痛が起きました。 信頼できる医者にも診てもらい、色々やりましたが結局は改善が見られず「処置無し」の状態です。

頸椎に起きた異常が加齢で変形し、周囲の神経に影響を与え始め、それが因子となって肩胛骨周辺の血流を阻害し、徐々に毛細血管などが壊死して筋肉を中心に痛みを発している。自分ではそう判断しております。

早い話「ガタがきた」ってことでしょうなぁ。

「血流を良くする」しかないと自分で決め、食生活で対抗してある程度良い結果などを得たりなんかして、まぁだましだまし付き合っております。

いったい何を書いているのかと言いますとね、
潜伏期間は長くその間は「見えない」が、「兆候」が現れたら一気呵成なのだって事です。物事ってなぁそんなもんなんですよ。

おいらは今の社会を見ていて「兆候」を感じるんですよ。
綻びを「嫌煙」なんてもので糊塗し、崩れかけているビルを薄っぺらなビニールテープで必死に繕うとする姿。

死臭を嗅いだ犬が遠吠えするのに似ている。

「癌ですね」、そう診断を下される光景の日常化。
アレルギー疾患の不治化が加速。
そして「正常な出生の激減」と続くのでしょう。

煙草が完全に消え去ったとしてもこの流れは絶対に変わる事はない。
紫煙以上に悪質で、ヒトの遺伝子に悪影響を与えているのはどう考えても人間が作り出した化学物質であり、それは日常的に食品として体内に侵入しているからです。

忘れてはならないのは、「DNAはコピー(子孫)を残す為なら人間本体をも食い殺す可能性がある」ってことでしょう。

より良い子孫を残せる可能性が失せたら死をも怖れない。
つまり本体の人間を殺します。

それがおそらく癌の正体でしょうし、どうやら彼等の目的は人間を守る概念から超越し、人智を寄せ付けない何かである様です。

多分それは種全体の進化だと思います。

利己的にも子供(コピー)が生まれる前の段階では癌に変形する事は殆ど無く、癌に姿を変えて本体を殺すのは多くの場合子が生まれた後です。

つまり「癌を治す方法は無い」ってことです。

想像ですが、化学物質に遺伝子構造を侵食されたDNAは、その人間を保護する意思を直ちに捨て去るのでないでしょうか。

要するにDNAは本体共々自殺する決意をするのです。
正常な構造を持っていない遺伝子を断ち、「種全体」にとってより良い設計図を残していく為です。

人間はどうやら「自殺装置」に手をかけている様ですね。


それでは何を食べればいいのか。
これは解決策があるようでもあり、無いようでもあります。

その事はこのブログにとっても今後の課題だと考えておりますけども、その手法は今のところ模索中で色々考えておりますが、いずれにしても簡単ではなさそうですね。ですが何か自分なりの方法で役に立てないかと思っております。

「どうせその頃には自分は死んでいるから関係ない」では、人間に生まれて来た意味がないと思うからですが、だからと言ってブログでやれる事はそう多くはなく、とっつき難い記号にすぎない添加物の名を並べただけでは逆の効果をもたらすだけですし、そんな事を知りたければ専門的なサイトに行けば良い。

「食品表示の見方」については最近表示がうるさくなっているものの、この制度は事実上「ザル」であり、おいらには何のための表示なのか意味が分からない。

結局は「無意味さと、どう対峙するのか」になるのでしょうなぁ。

2010年05月12日

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